オンライン教育が進むと学生が校舎に出向かなくなる?
そうだろうと思う。下記の記事が出ている。
Learning in Dorm, Because Class Is on the Web
New York Times: November 4, 2010
http://www.nytimes.com/2010/11/05/us/05college.html
究極の状態を考えた場合,通信教育と何らかわりのない状態に行き着くことになる。それは,教育の放棄というものだろう。
少なくとも大学においては,コンテンツを生産可能な者だけが生き残ることになり,それ以外の教員は必要がなくなって解雇されるという結果しか待っていないように思われる。
それで良いのだろうか?
オンライン教育を推進したがる教員は山ほどいる。そのほうが研究費を得やすいからだろう。しかし,それが自滅への道を自らせっせと構築することになるのだということを正しく認識できる者は非常に少ない。残念なことだ。
ちなみに,オンライン教育にどっぷりとつかり,校舎に行かなくなってしまう学生は,もちろん図書館にも行かない。そして,知識はすべてWeb上にあると信じてしまう。
現実に社会で生きている人間の中で,少しでも他人に相対的優位にたとうという気持ちをもっている者は,真に重要な情報を絶対に電子化したりはしないし,電子的ではない「何か」を最大限に利用している。そうでなければ,他者と同じベースで競争せざるを得なくなってしまうからだ。オンラインでは入手できない「何か」をもっていることが相対的勝利のための必須の要件であることになる。
ところが,オンライン教育にずっぽりとつかって育った学生は,そもそもそのような発想をもつことができない人間として人格形成されてしまう危険性がある。
私は,停電になったとたんに消滅してしまう文明などナンセンスだと常に言っているし,そのことを述べていた先覚者として星新一氏の名をあげることが多い。
それと同様に,停電になったとたんに何も考えることのできない人間など全く無価値ではないかと思っている。
それは,「コンピュータにやらせれば済むことしかできない人間」だからだ。
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