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2010年11月 6日 (土曜日)

尖閣諸島ビデオ流出事件・・・

世間では騒ぎになっているが,世界的にはほとんど関心をもたれていないニュースの一つだというところが面白い。一応,下記の記事が出ている。

 【尖閣ビデオ流出】「最初から公開すべきだった」民主・川内氏
 産経ニュース: 2010.11.6
 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101106/plc1011061131008-n1.htm

ちなみに,犯人探しが始まっている。

犯人探し騒動は,尖閣諸島をめぐる国際的・政治的問題の本質から国民の目をそらせるためにはうってつけの材料だと言えるだろう。

もしかすると,そのためにあえてリークされたものかもしれない。それは,「策士策に溺れる」的なタイプの人間であれば,思いつき的に考え付くかもしれないやり方の一つではないだろうか。

********************************

ここから先はあくまでも一般論であり,具体的な事件や人物等とは一切無関係なのでくれぐれも誤解のないようにお願いしたい。

一般に,国家機密や企業秘密等の機密情報の漏洩事件に関する限り,末端の公務員や従業員等を容疑者と決めてかかると,初動段階で大きな間違いを犯してしまうことがしばしばある。

過去の歴史をひもとくと,国家や企業のトップが実はスパイであったという事例を数え切れないほど多数列挙することができる。幹部職員等ではもっと多いかもしれない。

ここで,容疑者を推定するための方法を関数的に表現してみると・・・

  容疑者(x)=・・・・

として表現可能だ。

そして,あくまでも一般論としては,理論的には,この変数xに国家元首からホームレスまでありとあらゆる人間を代入することが可能だ。

しかも,機密情報に関する限り,変数xに代入される特定の人間に関する推論計算(確率)の確実性は,一般の公務員や従業員よりもトップや幹部である場合のほうが高いということが言える。なぜなら,機密情報に触れる可能性が高いからだ。古今東西の幾多の事例をみればわかるとおり,「組織のトップや幹部が誰であれ常に格別に倫理観の強い人間である」という保障など,どこにも全くない。むしろ自分の利益のことしか考えていないのが普通なのだ。これは,人間の生存本能に基づいて生ずることなので,その発生を阻止する方法がない。

このようにして,職業や地位とは無関係に,完全に即物的にものごとを推論するのが本来の捜査の基本であるべきだと思う。

マスコミは,一般に,自分達の世界観だけで特定の地位や立場にある者を容疑者と推定し報道したがるが,そのような姿勢は,誰か無実の人間を血祭りにあげ,冤罪を生む温床となっているかもしれない。それゆえ,マスコミに所属する人間は,「もしかすると自分の上司である編集長や社長等が真犯人(または真犯人であるグループの一員もしくはその協力者)であるかもしれないという可能性が(可能性の問題としては)常に残されている」ということを絶対に忘れてはならない。誰も信じてはならない。

[追記:2010年11月7日]

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 【尖閣ビデオ流出】海保、PCに閲覧制限なし 内部からの漏洩想定せず
 産経ニュース: 2010.11.7
 http://sankei.jp.msn.com/life/trend/101107/trd1011070056001-n1.htm

この記事を書いた記者は,海保の現場から漏れたという可能性(先入観)にといらわれすぎている。パスワードがかかっていないのは,現場のPCだけではないかもしれないという可能性をどうして考えようとしないのだろうか?

[追記:2010年11月8日]

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 【尖閣ビデオ流出】“投稿者”はどんな罪に 国家公務員法、窃盗など浮上
 産経ニュース: 11.7 23:33
 http://sankei.jp.msn.com/topics/economy/1882/ecn1882-t.htm

この記事は不正確だ。入手者と投稿者が同一人であると断定している。しかし,そうではないかもしれないのだ。

画像をポストするだけの行為については,処罰規定が基本的に存在しないと考えられる。日本には機密情報保護法がない。長年,野党(当時)が機密保護法の制定に反対してきたからだ。入手者とは関係のない別人が投稿したような場合,事後的行為であるし,共犯も成立しない。

ちなみに,一般論として,画像が著作物である場合には著作権法違反となり得るが,国家公務員が職務上作成した画像については著作権侵害も成立しない。

[追記:2010年11月10日]

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 【尖閣ビデオ流出】神戸市内のネットカフェから投稿か 警視庁が捜査員派遣
 産経ニュース: 2010.11.10
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101110/crm1011100904013-n1.htm

投稿者が国家公務員ではなく,かつ,共謀関係等も認定できないときは,国家公務委員法違反は成立しない。つまり,投稿行為に関する限り,告発された被疑事実(国家公務員法違反)に該当する者が法理論上存在しないことになる。

2010年11月8日付の追記で書いたとおり,画像データの入手者と投稿者が同一人物だと勝手に決め込む奇妙な予断をもつから,初動捜査を誤ってしまうし,マスコミの論調もトンチンカンになってしまうのだ。妙な感情移入を一切咲け,スタートレックのスポックのように理性だけに依拠して,物理的に可能な全ての組み合わせを全部検討してみるようなタイプの推論ができなければ駄目だ。そこでは,加害者が内閣総理大臣や法務大臣や検事総長のようなトップである可能性も否定してはならないし,米国大領領や中国国家主席のような外国の元首である可能性も否定してはならないし,海外の諜報機関である可能性を否定してはならないし,政府の情報ネットワークシステムの管理者である可能性を否定してはならないし,単なるポカミスやシステムバグ及び偶然の結果である可能性も否定してはならないし,その他物理的に可能性な全ての可能性が検証されなければならない。

また,投稿者が自分と同じように発想するタイプの人間だと勝手に決め込んでものごとを考えることは,厳禁というべきだろう。人間の思考における多様性は,生態系の一種としてとてつもなく複雑だ。人間は,法的には平等に扱われなければならないのだが,それは,本当は人間が全部異なっているからこそそうなのであって,もし人間が全て同じだとすれば平等に扱うように求める必要性さえなくなってしまうのだという当たり前のことを理解しなければならない。

私自身を含め,自分よりもはるかに優れた人は数え切れないほど多数存在している。自分の直感的な推理能力の限界を知るべきだ。だからこそ,物理的に可能な全ての可能性を論理的かつ冷静に検証してみる必要があるのだ。

ということなのだが,世間がこの画像データ流出の謎解きに狂奔している間に日本国の外交関係がますますモヤモヤしたものとなってしまっている。そして,世間の目はますますもって事柄の本質からそらされてしまうことになる。これは,非常によくないことだと思う。

[追記:2010年11月11日]

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 【尖閣衝突事件】ジャーナリストらの中国漁船船長告発、那覇地検が受理
 産経ニュース: 2010.11.10
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/101110/trl1011101827010-n1.htm

不起訴処分となれば,検察審査会への申し立てがなされることは確実で,検察審査会が起訴強制の議決をすることも確実だ。現行の検察審査会制度は誰もコントロールできない異常な制度である以上,政治的判断があろうがなかろうが起訴強制は有効であり,かつ,検察官を担当する指定弁護士は弁護士であって検察官であるので法務大臣の指揮権も及ばない。つまり,検察審査会+指定弁護士という制度は,国家による統制外にある非常に恐ろしい制度であるということがますますもって明らかになってきたと言える。ロベスピエールの出現を許してはならない。即時廃止すべき制度の一つだろう。

なお,海上保安庁の職員が画像を投稿したとして自首したニュースが話題を呼んでいる。

 中国漁船・尖閣領海内接触:ビデオ流出 海保職員取り調べ 識者の話
 毎日jp: 2011年11月11日
 http://mainichi.jp/select/world/news/20101111ddm041040095000c.html

この記事の中に出てくるインタビューの内容は編集されたものなので正確かどうかわからないが,仮にそのとおりの内容だったとして,堀部先生の談話は全く正しい。法理論としてはそうなるだろう。とりわけ,この画像は,この事件で中国人船長に対する起訴がされれば,当然,弁護人に対して全面的に証拠開示されるべき性質のものであるし,公開の公判廷で取り調べられるべき性質のものなので,起訴後には国家機密であってはならない性質のものだと言える。起訴前であれば機密性を有することになるが,そこらへんのところをどう考えるかによって裁判官のセンスの良し悪しが試されることになるだろう。

他方で,この記事の中に出てくるインタビューの中で,大石教授の「ジャーナリストだけが正しい」というような趣旨の言説は認めがたい。人権を保障すべきジャーナリストは,ジャーナリズムを職業とする者以外の者による思想信条の自由,表現の自由,報道の自由も等しく認め,そのための資質・能力を有する者が多数存在し得ることを承認すべきだ。プロのジャーナリストは,単にそのような職業にあるというだけのことに過ぎない。

ちなみに,自首した職員が画像の投稿者であるのに過ぎず入手者ではない場合において,画像を入手した者が国家公務員でない場合,または,仮に国家公務員であっても共謀関係が認められない場合,投稿者について国家公務員法違反の罪が成立しないことは明らかだ。なぜなら,自首した職員が,たまたま国家公務員であったというだけのことであり,「職務上知りえた秘密」であるとはいえないからだ。要するに,この場合,国家公務員法違反の罪との関係では無罪となる。

[追記:2010年11月17日]

真相はいまだに不明だと思っているが,一応新聞報道のとおりだと仮定した場合どうなるだろうか?

「秘」指定されていない文書は機密文書ではない。このことは,企業でも官庁でも同じ。末端の職員に対して機密文書であるかどうかを判断させることができないし,そのように求めることに合理性があるとは言えないからだ。そして,このことは情報セキュリティの標準においても全く同じだ。

つまり,今回のビデオについて機密指定がされていたかどうかは定かではないが,指定されていなければ機密ではない。

機密でないものについても守秘義務が生ずるかどうかについては,かなり面倒な検討が必要となる。ただし,一般的には,守秘義務はない。

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コメント

福原幸太郎さん

武田信玄じゃないですけど,結局,「人は城」なんだと思います。どんなに頑健な城郭を構築しても,内通者がいればすぐに突破・破壊されてしまいます。

問題は,「誰を信じたらよいのか?」「信じるためには何をチェックしたらよいのか?」ということになります。

情報セキュリティ界で活躍されている某氏は,「秘密を共有できるかどうかだ」とおっしゃってました。

たしかにそういう面はあると思います。例えば,ちょっとハメをはずして誰かと一緒に夜の街で遊んだと仮定します。その場合,その人が意図を察して秘密を守ってくれるのであれば,信頼度は50パーセントです。秘密を共有できる者である可能性が50パーセント,そして,手ごわい敵(スパイ)である可能性が50パーセントだからです。これに対し,口が軽くてあちこちで言いふらしたり,尾ひれをつけて悪口や風評などを流しまくっている人の場合には,信頼度は0パーセントです。悪口の態様いかんによっては,軽蔑に値する人物ということになることもあるでしょう。

私は,風評や名誉毀損的行為によって自分が傷つくことを恐れずに,何度もその類のことを試してみました。結果として,信頼度50パーセント以上になった人は一人もいませんでした。寂しいことです。けれども,このやり方は,リトマス試験紙と同じように,「その人が私のことを本当はどのように思っているのか」をすけすけの状態にして知ることができるという効用もあります。

ところで,ごく数人程度であればともかくとして,大きな組織の場合,このような手法を用いることができません。組織に属する人が多すぎるからです。

大きな組織である場合,厳重に身辺調査をしたりその他の手段によって徹底的に調べた上で採用するくらいのことしかできません。

非常に難しいことなんですが,ここらへんのところをしっかりとやらないと,どうにもなりませんね。

ちなみに,ISMSでは,人に関する管理策も定めていますが,そもそも特定の従業員等がスパイであり,その数が馬鹿にならないくらい多いかもしれないということは想定していないし,まして,情報セキュリティの運営主体である経営陣や管理職がスパイである可能性を全く想定していません。その意味で,現代の情報戦(サイバー戦)においては,現行のISMSは全く無力です。

おそらく,複数の組織による徹底した相互不信と相互監視くらいしか手はないでしょう。この場合,情報セキュリティ監査を担当する監査人も相互監視の対象になります。そして,その場合の人的脆弱性要素の中には,相互監視対象となる組織のトップも含まれます。つまり,これは,組織ごと既に汚染されているかもしれないという可能性,あるいは,監査人がスパイかもしれないという可能性を常に肯定するところから始まる方策です。

いろいろと膠着状態になってしまっていますが,だからこそ打開するための方策を考える楽しみもあるわけで,それなりに面白い時代かもしれません。

やや独善的かもしれない私的な意見ばかり述べているプライベートなブログですが,今後も読者になっていただければ幸いです。

投稿: 夏井高人 | 2010年11月 7日 (日曜日) 15時06分

夏井先生 ありがとうございます。
現実社会の中で情報の取り扱い方、情報資産に対するセキュリティへの取り組みが、絵に描いたマネジメントシステムで組織セキュリティ及び人的セキュリティが実効性のないものになっている様ですね。この事により、技術的セキュリティコントロールが何の効力も発しない状況を生み出す事も理解できました。
せめて、第三者機関による公正なチェックが効くような構造に変わる事を願います。
今後のこの国の行く末を案じるが、私の今の知識・経験ではどうする事も出来ない事に私自身に腹立たしさを感じます。
色々と考えさせて頂けました事にお礼を申し上げます。ありがとうございました。

投稿: 福原幸太郎 | 2010年11月 7日 (日曜日) 12時40分

福原幸太郎さん コメントありがとうございます。

大阪地検特捜部の電磁的記録改変事件の発覚以来,警察・検察がらみの情報漏えい事件が相次いでいます。

これらは相互に全く無関係の出来事ではないとの見解もあります。私はよくわかりません。集団的意思のようなものがあって,ある特定の出来事などに共感を覚える別の個人または組織が類似行動をとることがあるからです。その場合,すべてが同一の個人または組織による事件のようにも見えますが,本当は相互に全く関係のない人々によって個別に惹起された事件だということになります。

アクセス権限については,このブログでも何度も述べているとおりですし,ご指摘のとおりでもあると思います。

しかし,現実には,そうなっていません。

警察,検察,裁判所,弁護人のいずれの段階においても,証拠の情報セキュリティに関するCIAがぜんぜん徹底されていません。C(機密性)については,特に組織の上層部になればなるほどかなりでたらめです,なぜなら組織トップに対しても規制を加えることのできる権限をもった情報セキュリティ部門が存在しないからです。Iについては完全にでたらめです。最初の押収の段階から公判廷での取調べの段階まで,どの段階においても,一度も電磁的記録のハッシュ値がとられタイムスタンプ認証がなされるということが全くありません。つまり,電子証拠の大半が実際にはでたらめである確率が相当高いということになります。現実に,今回海上保安庁が提出したとされるビデオ映像も原本からの複製ではなく何十種類もの編集された版であることが明らかとなっており,その相互関係を検証するためのデータなども保存されていません。A(可用性)については悲惨の限りを尽くしています。Cを無視して権限のない者が勝手に利用できる一方で,証拠開示を求める弁護人等に対してはCが認められないのでAもありません。

というわけで,電子証拠に関する限り,日本の現状は冤罪を生み出すしかないような基本構造になっています。少しはFBIの捜査規則の爪の垢でも煎じて飲んでみるべきではないかと授業では常に講義するようにしています。

最後に,この事件の真相についてですが,わかりません。おそらく,最後までわからないでしょう。もしかすると誰かが犯人として検挙されるかもしれませんが,冤罪であるのに誰かが被疑者として仕立て上げられる可能性もあります。

困ったものですね。これでは,例えば外国から本格的にサイバー戦をしかけられたら,数秒もかからず政府システム全体及び重要インフラ全体が徹底的に破壊されてしまうことでしょう。

投稿: 夏井高人 | 2010年11月 7日 (日曜日) 11時23分

はじめまして、初めてコメントをする者です。
今回のビデオ流出か漏洩か?は、全く本質をはぐらかすリークと云われる夏井先生に同感です。
本質の問題(なぜぶつかってきたのか?ぶつかったのか?)について解読すべきで、「誰が流した?」は本質ではないことと思いますが。。。解明すべきことは別にあるはずでしたね。
次に、情報の管理についての件ですが、職務権限とアクセス権に係ることと考えます。
職務分離が為され最少権限の付与が現場(運用)レベルで適切に実行されていた(る)か否かに焦点を当てるべきと考えます。
それにしても、一旦焦点の当て方に間違いが生じると人はそれに誘導されるがごとくストリーに沿った証跡集めに躍起になるのですね。
最近発生する様々な事項で感じていることを勝手に。。。
だらだらと、失礼いたしました。

投稿: 福原幸太郎 | 2010年11月 7日 (日曜日) 00時21分

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