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2010年9月23日 (木曜日)

検事による電磁的記録日付改ざん事件における弁解の奇妙さ

下記の記事が出ている。

 「FDに時限爆弾仕掛けた」 改ざん容疑の検事、同僚に
 Asahi.com: 2010年9月23日
 http://www.asahi.com/national/update/0922/OSK201009220173.html

 【検事逮捕】最高検がきょうから上司や同僚ら一斉聴取 逮捕の検事は容疑否認
 産経ニュース: 2010.9.23
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100923/crm1009230201002-n1.htm

 【押収資料改竄】FD証拠申請せず…残る改竄のナゾ
 産経ニュース: 2010.9.22
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/100922/trl1009220048001-n1.htm

以上の報道はすべて検察側から提供された情報に基づくものなので,情報操作されている可能性がないとはいえず,真実はわからない。

あくまでも一般論だが,最高検察庁の検事も容疑者の一員である可能性がある場合(検察一体の原則),最高検察庁が今回のような事件を捜査することは適切ではない。特別の捜査機関を臨時に設け,法務大臣が直接に指揮して捜査にあたるような法制度を構築・創設する必要性がある。

ところで,上記の産経新聞の記事の中では,容疑者である検事が「過失によって改変してしまった」と説明しているらしい。この報道は一応真実らしいと思われるので,その前提で,この弁解がもっている意味について少し述べたい。

まず,エリート中のエリートであるはずの特捜検事がそのようなミスを犯すはずがないので,弁解が嘘であるという可能性がある。状況証拠だけからすれば,弁解が嘘であると判定され,証拠隠滅罪で有罪となる可能性がある。

したがって,この検事が証拠隠滅罪で有罪となることを免れたいのであれば,「自分は非常に能力の低い人間で,自分がやったことを記憶したり理解したりすることもできないくらい極めて愚かな人間です。何かの間違いで特捜勤務の辞令をもらいました。」と説明する必要がある。そうすれば,本当はエリートではなく,能力の低い人間であることになるので,過失による改変という弁解も不自然なものではないことになる。そのかわり,次のような奇妙な結果が生ずることになるだろう。

1)自分のやっていることに気づかないくらい能力の低い検事であるとすれば,他の多数の証拠に関しても過失で改変をしてしまっている可能性がある(この検事が真実無能である場合,自分が過失により改変してしまった電子証拠がどれであるかを覚えているはずがなく,理論的には,この検事が手にしたすべての証拠について過失により改変がなされてしまっている可能性がある。)。

2)過失による証拠の改変は村木氏の事件と関連する証拠だけではなく,この検事が担当したすべての事件についてあり得る。

3)したがって,この検事が担当した事件の証拠については,すべて細部にいたるまで綿密に完全性の検証がなされなければならず,少しでも疑念がある場合にはすべて証拠排除すべきである。

4)その結果,すでに有罪判決が確定している事件についても,一律,再審請求をして,証拠の完全性を再検討すべきことになる。その場合,裁判所は,この検事が担当した事件であるということだけで,一律,再審請求を認めなければならない。

5)検察庁における証拠の管理がずさんであることが判明した以上,現在公判中の刑事事件の審理を全部停止した上で,証拠の管理,及び個々の証拠の完全性の検証をすべきである。そして,合理的な期間内に合理的な説明がない場合には,当該証拠の完全性が担保されていないものと推定した上で,もしその証拠がなければ有罪を立証できないというのであれば,無罪判決をすべきである。

[追記:2010年9月24日]

一部報道によれば,この検事は,故意により証拠の改変を認め始めたとのことだ。真実そうであるかどうかはわからない。

ところで,故意による場合でも,この検事が他の証拠について改変等をしたかどうかについては語ることがないだろうと思われる。しかし,その可能性はある。

法務大臣は,指揮権を発動し,この検事が関与した全ての公判事件について,公訴取消の手続に入るように指示すべきだろう。

[追記:2010年10月1日]

関連記事を追加する。

 【検事逮捕】犯人隠避容疑で前特捜部長ら逮捕へ
 産経ニュース: 2010.10.1
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101001/crm1010011645024-n1.htm

[追記:2010年10月2日]

関連記事を追加する。

 【検事逮捕】柳田法相、独自の検証組織発足を検討
 産経ニュース: 2010.10.2
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101002/crm1010021640019-n1.htm


[追記:2010年10月8日]

 障害者郵便割引不正:特捜調書また不採用 全12通、供述の任意性否定
 毎日jp: 2010年10月8日
 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101008ddm041040085000c.html

[このブログ内の関連記事]

 米国:ウィスコンシン州の検察官が・・・
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-bfea.html

 検察審査会は冤罪の温床になるのではないか?
 http://cyberlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-ff5c.html

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コメント

夏井先生,ご応答ありがとうございます。

 そういえば,米国ウォータゲート事件では,連邦議会が任命した特別検察官がいたようなかすかな記憶があります。日本でも特別法を制定して,弁護士や裁判官で構成した特別検察庁というビジネスモデルwが考えられるかもしれませんね。

投稿: キメイラ | 2010年10月 2日 (土曜日) 18時35分

キメイラさん

情報提供ありがとうございます。

個々の検察官にForensicsの能力がなくても,組織として専門家を動員すれば相当高度な科学捜査をすることができるということになりますね。

ところで,今回の件では,「最高検は悪くない」という前提でストーリーが進んでいます。

ここから先はあくまでも一般論なのですが,検事総長が命令して特捜検事に何かやらせたという事案を想定してみると,最高検がその捜査をすることは非常におかしなことです。検察庁の組織的犯罪が疑われる場合には,例えば裁判官を罷免するための弾劾裁判所のような検察庁とは別の組織が捜査をするのでなければならないと考えられます。しかし,現在の法システムでは「検察は悪事をしない」という前提で組み立てられているので,検察庁を捜査するための特別検察庁のような組織は,国家制度上一切存在しません。つまり,あくまでも理論上そうだということではありますが,仮に検事総長以下最高検の人間の誰かが何らかの犯罪に関与していた場合,握りつぶしになる可能性が常にあり得ます。

このような問題は,「神の神はいない」という問題として一般的に定式化されている問題の一つです。

ここまでは,あくまでも一般論です。

さて,今回の具体的な事件に話題を戻すと,最高検が捜査している以上,最も高いレベルまで捜査が及ぶとしても高検までということになるのでしょうね。最高検が自分で自分を捜査することはできませんから・・・

投稿: 夏井高人 | 2010年10月 2日 (土曜日) 17時11分

 最高検はM検事のパソコンのHDから削除データを復活させて「経過報告書」の復元に成功したみたいですね。最高検に応援派遣された検事の中に凄腕の人がいたんでしょう。
 そこいけばM検事のIT知識は最高検に完敗でしょう。

投稿: キメイラ | 2010年10月 2日 (土曜日) 16時27分

キメイラさん

この程度のことで時限爆弾をしかけたと思っていたとしたら,それは被告人や弁護人の知的能力を見くびりすぎというものでしょうね。つまり,技術的能力以前に,「人間を理解する能力」においてかなり疑問があるわけです。

あくまでも一般論ですが,人間を理解する能力が十分でない者は捜査能力も十分であるはずがないので,もちろん検察官として不適格だし,特捜検事として完全に失格です。そして,これまたあくまでも一般論ですが,もしそのような採用や人事配置がなされていたとすれば,そのような者を任用し人事をした者(検事総長を含む)は厳しく叱責されるべきだし,潔く自ら辞任の道を選ぶのが正しいと思っています。

なお,検察庁の中には,ITについて非常に優れた能力を有する検察官も存在します。問題となった検事には(はっきり言って)ITに関する能力はゼロに近かったと思いますが,この検事だけを見て検察庁全体としての能力を測定することはできません。ただし,適正に人事配置がなされているかというとそれはまた別のことです。このことは裁判所でも全く同じです。ときとして,嫉妬による意地悪に基づく奇妙な人事もあります。

一般に,上司に人を得ない場合,組織はどんどん腐ってしまいますね。しかし,出世欲しかないくだらない人間ほど組織にかじりつき,生き延び,上司として君臨する確率が高いということは役所でも会社でも同じなので,結局,救われないという結果になってしまうのですよ。そのような場合,有能な部下は,絶望してその組織を離れ,別の人生を歩むことを決意するといったことがしばしばあります。というわけで,世間は理不尽で満ちています。

例外的に,よき上司の下で働いている部下は,天恵を得ているということになるのでしょうね。

投稿: 夏井高人 | 2010年9月28日 (火曜日) 06時03分

「時限爆弾仕掛けた」という報道を見て,ロジックボムかタイマーか,とwktkでしたが,どうも違ったラウダマウス(ペーパーウェア?)だけのようで,稚拙な改変を見ても,どうも,この人はパソコンをかじっただけのエースみたいですな。
大阪地検でトップレベルのパソコン知識って,この程度かいな,唖然というかIT偽造が下手でよかったというか(苦笑

投稿: キメイラ | 2010年9月28日 (火曜日) 02時59分

しげさん コメントありがとうございます。

「過失の客観的証拠」とは「日付を改変した行為がばれないように元に戻すなどして証拠隠滅することにしくじった過失」についての客観的証拠という意味ではなさそうですが(笑),どういうことなのか報道だけでは何とも理解し難い面がありますね。

一つだけいえることは,どっちみちこの元特捜部長氏の出世の可能性はこれで完全に絶たれてしまったことになるだろうということです。検察庁は完全に上命下服の規律で徹底されている行政庁の一つですから(←それゆえに,今回の事件では,最高検に全く責任がないとは言えません。),出世できない者は屑以下の扱いをされるかもしれません。少なくとも本人はそう思っているだろうと思います。そうならないように闇から闇へと葬り去ろうとしたのでしょう。自分に都合のわるいことは隠蔽してしまおうとするのは誰にでもある心理だと思います。出世コースにある人は特にそうなるでしょう。行政庁では,何か優れた仕事をしても少しも加点評価されず,逆にほんの些細な失敗でも減点評価されるという減点方式で人事評価をするので,とにかく完全無欠であることを装い続けないと出世できません。

しかし,天網恢恢というか,天はそれを許してくれなかったようです。

おそらく,同じようなことは今後も起きます。

日本では適正手続の保障が完全だとはいえず,証拠規則はボロボロで,とにかく非文明国です。

今後,冤罪の発生を阻止するということだけではなく,検察と警察が自信をもって職務を遂行できるようにするためにも,刑事事件における証拠の取扱いについて根本から見直すべき必要があると考えています。

ただ,法制審議会等の審議会や委員会等に顔を出す委員の先生方にそれができるかどうかと問われると,かなり疑問だというのも偽らざる事実だと言わざるを得ません。諮問を発する大臣はもっとそうです。

委員の選任方法にも問題があります。現状では「大臣と仲良しの知り合いから選ぶ」あるいは「既に審議会等の座長等となっている教授と相談してきめる」あるいは「担当課長がたまたま知っている人の中から選ぶ」あるいは「世間受けのよい客寄せパンダ的な人を選ぶ」あるいは「官僚組織や関連各学会のボスに抵抗・反抗しない学者を選ぶ」といったような基準で選任するやり方になっているので,この点をまず改善しないと駄目でしょう。要するに,現状では,「仲良しクラブ」の一種です。しかし,この点が改善される可能性は絶無と言っても言い過ぎではないと思います。

なお,現在の行政庁では比較的短期間のジョブローテーションでどんどん転勤してしまうやり方が採用されていますので,そもそも行政官の中に専門家が養成されることがなく,そのために担当課長等である行政官において「本当は誰がその分野において実力をもっているのか」を知ることができない,または,それを知る頃には転勤になってしまうという問題も発生しています。

投稿: 夏井高人 | 2010年9月24日 (金曜日) 06時02分

パソコンの日付にならずに都合よく一週間ずらすことを過失で改変できたらパソコンが超能力を持っているのかなと思ってしまいました

もう一つ気になるのは 上司が 過失だという客観的証拠があると言っているらしことも腑に落ちないのですが

嘘を見抜こうとしているうちに 嘘をつく人になってしまったというところなのでしょうか

投稿: しげ | 2010年9月24日 (金曜日) 00時24分

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