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2010年7月23日 (金曜日)

2ちゃんねる上で,参議院議員選挙に立候補した候補者を誹謗中傷する書き込みをしていた23歳の大学生が逮捕

下記の記事が出ている。

 「2ちゃんねる」で落選候補中傷の北大生逮捕
 産経ニュース: 2010.7.23
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100723/crm1007231840031-n1.htm

政治的意見に見解の相違等があれば,「正々堂々と実名で議論をすればよかったのに」と思う。

さて,ここから先はあくまでも一般論なのだが,世間では風評被害が著しい。

人間には誰にでもサディズムの傾向が伏在しているので,他人をいじめることに快感を感ずるのは自然の摂理のようなものだ。しかし,それを禁止するのが社会規範というものだ。それは,本来は,自然に反するものだといえる。自然に反するものであったとしても,それによって抑止しなければ人間社会を平穏に維持できないと考えられているので,この社会規範は正当なものだと理解されているのだろう。

また,正当な方法では勝つことができない者に限って,ライバルの勢力を抑制するためにネガティブな批判をしたり風評をばらまいたりすることがある。そして,そによって勝ったつもりになっているかもしれない。しかし,相手によっては,そのあとの報復がいかに苛烈なものとなり得るかを知らないまことに愚かな行為だと思う。

ともあれ,これからの未来社会をどのように構築していくべきかについては全く別の事柄に属する。

この点に関する私なりの考えはある。

例えば,どのような種類のものであれ,一切の評価(肩書きや経歴等を含む。)をすべて無視するという前提で社会を空想してみることは可能だ。

評価というものの価値をゼロにして構築する社会だ。そこでは,主観的な評価によってではなく,リアルタイムの測定のみが全ての基準となり,個々の人間が主観的にどのような評価を受けていたとしても,社会生活上全く影響を受けない。

しかし,人間は,そんなに強いものではなく,何を言われても平気という人はそう多くはない。

他方,評価とは無関係に一律に下等動物の集合として扱われている社会を空想することも可能だ。その例としては,例えば,映画『ソイレントグリーン』の世界はそれに近似する要素をもっているし,H.G.ウェルズの『タイムマシン』で描かれている未来社会がそうかもしれない。

しかし,人間は,アリやハチのようにして暮らせるように順応することが非常に難しくなってしまっている。自我が強すぎるのだ。

だから,なかなかうまくいかない。

しかも,こういうことをまともな論説として書くと,ヒステリックな攻撃を受けて生命・身体が危険に晒される可能性があると予測できる。知的能力を正常に(平均値を超えるレベルで)用いることができず,情緒的な反応しかできない者は決して少なくない。

そこで,非常に優れた先人を見習い,もう少し練った上で,小説という形式で発表してみようかと考えるようになってきた。

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