昨日の法科大学院におけるサイバー法の講義:「本人」とは何か?
昨日,私が奉職する明治大学法科大学院でサイバー法の講義があった。前期のテーマは例年と同じサイバー犯罪なのだが,毎年,最新の内容で講義しているので内容がほとんど違うものとなっている。シラバスや教科書等は,通常1年以上も前に書かれているものなので,基本的には全く有用性がない。日々状況が変化するこの分野では,口頭による講義だけが唯一の最善の方法であることになると考えている。
さて,昨日の講義内容の隠れた主要テーマは「本人」だった。「サイバー法」の講義の受講者は非常に賢い学生が多いので,全員理解してもらえたと思う。
さて,現在,普通の法律家や政府担当者等が理解しているような意味での「本人」の概念は幻想に過ぎないし,非常に不正確であり,概念としての有用性をもたない。場合によってはfakeの一種であることもある。
結論から言うと,「本人」の概念は,「一定の確率」としてしか説明しようがない。
また,「本人」の概念は,「主観的な意味での本人」と「客観的な意味での本人」とに分けて考える必要があり,その中の後者について確率論として理解することによって初めて「本人」の概念を正確に把握することが可能となる。
サイバー法の受講者は,授業料を払っているのであり,その授業料が私の収入の一部になっていることと,そして,他の法科大学院では絶対に得ることのできない世界最高水準の講義を提供するのが私の義務の一つであることから,この問題についてこのブログでは上記以上の詳論をすることは避ける。
とはいえ,近い将来,書籍のかたちで,「本人」の正しい概念に関する私見を世間に公表することになるだろう。
ちなみに,「真正」という概念もまた,これまでの法学の通説における定義では全く通用しなくなってしまっている。とりわけ,グリッドベースの仮想コンピュータでは原本というものが存在せず,仮想のデータしかない。原本がない以上,真正を議論してみても全く無意味だ。これまた確率論として説明するしかない時代に突入してしまっている。しかし,最大の問題は,そのことを正しく理解していない法律家(裁判官,検察官,弁護士),公認会計士,経営者,官僚,政治家などがあまりにも多過ぎるということにあるだろうと思っている。
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コメント
yoheiさん こんにちは。
ある特定された対象について,その安全性を考えるのが「セキュリティ」の領域の課題です。しかし,ある対象が本当に「特定」されているのかどうかは別問題です。「本人性」の問題は,後者の問題に属します。なかなか面倒な問題なので,これまでほぼ全ての学者がまじめに検討することを避けてきました。哲学者でさえ,過去何千年にもわたって議論を重ねてきたのに,まだ答えの出ていない問題です。
しかし,答えを出すべきときが来たと思っています。
投稿: 夏井高人 | 2010年5月14日 (金曜日) 08時57分
いつもこちらのブログで勉強させていただいております。
>近い将来,書籍のかたちで,「本人」の正しい概念に関する私見を世間に公表することになるだろう。
楽しみにしております!
最近は国内で障害者手帳を悪用した犯罪が何例か報道されました。免許証より偽造が簡単なことが知られ始めたことによるものと思われます。
本人確認を義務付けられている場面では免許証、パスポート、社員証、学生証等を確認するオペレーションが難しく、疲弊が高まりますし誤認も減らすことが難しいでしょう。私個人はセキュリティの問題をにらみつつ、電子化していくのが望ましいと考えております。
投稿: yohei | 2010年5月13日 (木曜日) 22時00分