EU:プライバシーコミッショナーが,主要各国の進める著作権侵害フィルタリング政策はEU個人データ保護指令に反すると言明
過去数年間,私は規範の衝突や義務の衝突一般に関する研究も進めてきた。要するに,異質な基盤に基づいているために通常の方法によっては優先劣後関係を決することのできないようなルールの「トレードオフ状態」が存在する場合,「適用されるべきルールの優先順位をどうやって決定したらよいのか?」ということを研究してきた。その一部は所属学会等で既に報告しているし,個別に受注した調査業務において調査検討した上で回答してきた(←後者については守秘義務があるので公表できない。)。クラウドコンピューティングにおけるプロバイダ側の統制と利用者側の統制の問題もまたその応用例の一つに過ぎないし,更には平時と戦時が共存する状態での法の適用の問題もまたその応用例の一つに過ぎない。著作権の関係でも同じような問題が存在する。それは,違法に複製されたコンテンツなどのファイルシェアリングを監視するためになされるフィルタリングやパケットの検知だ。そのようなパケットは,当然のことながら,特定の個人から送信されまたは特定の個人に対して送信されるものであるので,検知対象いかんによってはEU個人データ保護指令及びそれを加盟各国において実装した個人データ保護法に反することがあり得る。一般法の問題としても,例えば,民法の不法行為の領域に属するものとして,プライバシー侵害に基づく損害賠償請求の問題が生じ得るだろう。このことは,よく考えれば誰にでもわかることだ。しかし,著作権法の専門家と自称する者の中には著作権法しか知らない者が含まれていることがあるので,非常に面倒な問題が発生してしまっている。
EUのプライバシーコミッショナーは,EU政府を含む主要各国で進められている著作権侵害対策としてのトラフィック監視がEU個人データ保護指令に反すると言明したようだ。
EU privacy watchdog hammers secret anti-piracy talks
EUobserver: Feb 23, 2010
http://euobserver.com/9/29532
真の課題は,「権利者と流通業者だけが保有する財産権の一つに過ぎない著作権」の保護と,「全ての人間にとって基本的に共通価値である人間の尊厳に直結する基本的人権」の保護のどちらを優先すべきかというトレードオフの問題であり,かつ,それぞれが異なる基盤に基づく権利であるため,例えば著作権法内部での法規の適用順序に関するルールだけでは解決不可能な問題だということを正確に認識し,その認識に基づいてこの問題ととりくむことにあるのだろうと思う。
[追記:2010年2月25日]
関連記事を追加する。
Leaked ACTA text confirms suspicions
EDRI: 24 February, 2010
http://www.edri.org/edrigram/number8.4/leaked-acta-confirms-suspicions
EU Data Protection Supervisor Warns Against ACTA, Calls 3 Strikes Disproportionate
Michael Geist: February 22, 2010
http://www.michaelgeist.ca/content/view/4809/125/
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