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2009年12月15日 (火曜日)

人の姿が映りこむ可能性がありプライバシー侵害のおそれがあるとして,Googleが画像検索機能の一部を再検討

下記の記事が出ている。

 Privacy fears force search giant to block facial recognition application on Google Goggles
 Daily Mail: 14th December 2009
 http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-1235741/Google-Goggles-Search-giant-blocks-facial-recognition-picture-search-app-privacy-concerns.html

一般に,公道ではプライバシーが存在しないとされているが,それは,その公道に所在している人にとってそうだというだけのことであり(←この点に関する英米の判例は,そのような限定付きの文脈で読むべきだろう。),ネット上の画像検索で遠くにいる人からも知られる可能性のあることまで許容しているわけではない。ここにサイバーな環境変化があり,サイバーな法的課題が存在する。

仮に法理論上では「現実空間とサイバー空間とで何も変わるところがないし,公道と同じようにプライバシーがない」というタイプの理論を構築してみたところで,大半の市民は黙ってはいないだろう。民意から絶対的に嫌われてしまうような理論は,どこか欠陥がある。

つまり,公道を歩いている人は,「誰かに見られている」という可能性は甘受せざるを得ないが,そこを歩いているという事実を世界中の人に知られても良いと許容しているわけではないし,そのことを知られないことについて合理的な期待をもつことができると理解するほうが妥当なのではないかと思う。

この問題と関連して,治安維持のためのモニタカメラの設置・撮影がなされているという現実をあげる人がときどきいる。しかし,社会のセキュリティのためにモニタを設置し撮影するためには,その手段・方法が保安の必要性との関係で合理的であり相当であることが必須の要件となっているし,撮影された画像について機密性が維持されるということも必須の要件になっている。素人が勝手に撮影し,ポリシーも法的義務も全く考慮しないで安易にネット上にアップロードしてしまう写真や映像とは根本的に異なる点だと言える。

そして,素人に対して難しい理屈を説明しても,大半は理解できないし,理解してもポリシーを遵守しようとしない人がいくらでもいる以上,サービス提供者の側で自制するという方法またはサービス提供を断念するという決断しか残されていないことになるのではないかと思う。

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