オークションに出品される美術品の写真をカタログに掲載しインターネット上で公衆送信した行為が著作権侵害に該当するとされた事例(東京地裁平成21年11月26日判決)
株式会社ウエストオークションズ(被告)が主催するオークションにおいて出品される美術品の写真を被告の出品美術品カタログに掲載し,インターネット上で公衆送信した行為が当該美術品の複製権及び公衆送信権を有する原告らの権利を侵害したとして,原告らが被告に対し損害賠償請求をしていた事件(平成20年(ワ)第31480号損害賠償請求事件)について,東京地方裁判所は,2009年11月26日,原告らの主張をほぼ認め,請求を一部認容する判決をした。
美術品のオークション(裁判所の競売を含む。)に出品される美術品については,インターネット上でサムネイル写真等が掲載されることが多い。解像度が低いサムネイル写真は,それ自体として当該美術品の著作権を侵害するおそれが皆無であると考えられるばかりか,サムネイルを制約すればオークション市場が萎縮してしまうため当該美術品の流通を著しく阻害するという負の経済効果がある。にもかかわらず,権利侵害を強く主張する者があるため,その適法性(違法性)に関する法的議論が続いていた。本件事案は,そうした歴史的経緯の中に位置する一事例である。
なお,美術品のオークションの際に用いられるサムネイル画像に関しては,2009年に可決され2010年1月1日から施行される改正著作権法47条の2において,「美術の著作物又は写真の著作物の原作品又は複製物の所有者その他のこれらの譲渡又は貸与の権原を有する者が、第26の2第1項又は第26条の3に規定する権利を害することなく、その原作品又は複製物を譲渡し,又は貸与しようとする場合には,当該権原を有する者又はその委託を受けた者は,その申出の用に供するため,これらの著作物について、複製又は公衆送信を行うことができる。」と定められた結果,一定の条件の下に適法行為とされるに至った。
この著作権法改正は,数年前から審議されてきたものであり,本件判決当時には改正著作権法が可決されていたのであるから,(改正法が遡及適用されないことはやむを得ないとしても)現在の情勢の変化を踏まえ,原告らの請求を「権利濫用」として棄却するという結論もあり得たのではないかと思われるが,この点について,本判決は,下記のとおり,被告の「権利濫用」の主張を認めることはなかった。改正後の47条の2をかなり限定的かつ硬直に解釈した結果と推定される。
本判決の先例的価値はゼロとして評価すべきだろうと思われる。しかし,本判決には,美術品のサムネイルをめぐる議論の歴史を後世に残すための文化財的価値または骨董品的価値はあるのではないかと思われるので紹介する。
東京地方裁判所2009年11月26日判決(平成20年(ワ)第31480号損害賠償請求事件)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091208132918.pdf
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主文
1 被告は,原告Aに対し,20万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,9万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,14万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告Dに対し,9万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告
らの負担とする。
7 この判決は,第1項ないし第4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,70万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,35万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,60万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は,原告Dに対し,35万円及びこれに対する平成20年11月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,絵画等の美術品の著作権者である原告らが,被告においてオークションの出品カタログ等に原告らが著作権を有する美術品の画像を掲載し,また,その一部をインターネットで公開したことにより,原告らの複製権及び原告Aの公衆送信権を侵害したとして,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償の一部として原告Aが70万円,原告Bが35万円,原告Cが60万円,原告Dが35万円及びこれらに対する不法行為の後の日である平20年11月13日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
原告A(以下「原告A」という。),同B(以下「原告B」という。),同C(以下「原告C」という。)及び原告D(以下「原告D」という。)は,現代美術の芸術家である。
被告は,美術作品のオークション等を業とする株式会社である。
(2) 本件著作物
原告Aは,「A作品1」(以下「A作品1」という。)及び「A作品2」(以下「A作品2」という。)について,原告Bは,「B作品」(以下「B作品」という。)について,原告Cは,「C作品1」(以下「C作品1」という。)及び「C作品2」(以下「C作品2」という。)について,原告Dは,「D作品」(以下「D作品」という。)について,それぞれ著作権を有する(以下,原告らの著作物をまとめて「本件著作物」という。)。
(3) 被告は,平成20年11月25日,中華人民共和国の香港において「ASIAN Post-War & Contemporary Art」の名称で,現代美術作品のオークションを開催した(以下「本件オークション」という。)。この開催に先立ち,被告は,本件オークションに関連するものとして,下記のものを発行した。
ア 本件フリーペーパー
被告は,無料で配布する雑誌(いわゆるフリーペーパー)の「art_icle 2008年11月号(Vol.13)」(以下「本件フリーペーパー」という。)の綴じ込みカタログに,本件オークションに出品される作品として本件著作物6点を含む美術品の画像を,株式会社クラム・リサーチと共同して掲載した。
イ 本件パンフレット
被告は「EST-, OUEST NEWS 10月発行号」(以下「本件パンフレット」という。)と題する機関紙に,本件オークションのプレカタログとして複数の美術品の画像を掲載した。その1ページ目に掲載された3つの作品のうち中央のものがA作品1であった。
本件パンフレットは,平成20年10月下旬,被告のウェブサイトにおいて一時的に公開された。
ウ 本件冊子カタログ
被告は,本件オークションの出品作品の画像を掲載した2分冊から成る冊子カタログ(以下「本件冊子カタログ」という。)を作成し,3000円で一般に販売した。
本件冊子カタログには,作品紹介部分に本件著作物6点を含む233出品作品すべての各画像が掲載されたほか,作者紹介部分にA作品2,B作品,D作品の各画像が再度掲載された。
2 争点
(1) 引用(著作権法32条1項)として適法か
(2) 展示に伴う複製(著作権法47条)として適法か(本件フリーペーパー及び本件パンフレットへの掲載に関して)
(3) 時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として適法か(本件パンフレットへの掲載に関して)
(4) 権利濫用の抗弁
(5) 損害
3 争点に関する当事者の主張
(省略)
第3 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実等に後掲証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
ア 本件著作物の原寸は,A作品1が縦173.0センチメートル,横250.0センチメートルであり,A作品2が高さ19.0センチメートル(台座を除く。)であり,B作品が縦34.5センチメートル,横40.5センチメートルであり,C作品1が縦116.4センチメートル,横90.0センチメートルであり,C作品2が縦26.8センチメートル,横38.1センチメートルであり,D作品が90.9センチメートル,横72.7センチメートルである。
イ 被告は,平成20年11月25日,中華人民共和国の香港において「ASIAN Post-War & Contemporary Art」の名称で,現代美術作品のオークションを開催した(本件オークション)。また,それに先立ち,同年10月20日から同月22日に東京において,また,同年11月21日から24日に香港において,本件オークションの下見会が開催され,同会には本件オークションの出品作品が展示された。
ウ 本件フリーペーパー
株式会社クラム・リサーチは,「art_icle」と題する無料の月刊情報誌を,毎月1回,各6万部発行し,美術館,画廊,コンサートホール,劇場等の場所に備え置き,無料で配布していた。
同社は,平成20年10月25日,無料雑誌「art_icle 2008年11月号(Vol.13)」(本件フリーペーパー)を発行した。この本件フリーペーパーには,被告からの依頼に基づき,平成20年11月24日に開催される宝飾品等のオークション,同月25日に開催されるチャリティーオークション及び本件オークションに出品される作品の画像を掲載したカタログが綴じ込まれた。
この綴じ込みカタログは,ほぼA4サイズで,本件オークションに関する部分は8ページであり,本件オークションに出品される233点すべての作品の画像が掲載されたものであり,無料雑誌の一部として印刷や装丁は簡易なものであった。同カタログにおける作品1点当たりのスペースは,ほとんどが縦約3センチメートル,横約4センチメートルであり,そのスペースの左半分に収まる大きさで各作品の画像が掲載されるとともに,その右半分には,それぞれの出品作品のロット番号,作者名及びその出生年,作品名,作品の原寸,予想落札価格等が箇条書きで掲載された。本件著作物については,いずれも,縦が1.5センチメートルから2.7センチメートル,横が2センチメートル程の大きさの画像が掲載された。
エ 本件パンフレット
被告は「EST-OUEST , NEWS」と題する被告の活動を会員に知らせる機関紙を年数回発行しており,平成20年10月ころ,6ページから成る「EST-OUEST NEWS 10月発行号」(本件パンフレット)を発行し,9000人の被告会員に配布した。
本件パンフレットは,縦26センチメートル,横20センチメートルで,6ページから成り,少し厚みのある光沢紙1枚(26センチメートル×40センチメートル)を中央で折り曲げ,もう一枚(26センチメートル×20センチメートル)を挟んで作成された。
その1ページ目の上部には,「EST-OUEST AUCTIONSin HONG KONG」,「国内オークション史上初,香港オークション開催」との大きな見出しが付けられ,その下に,平成20年11月24日に開催される宝飾品等のオークション,同月25日に開催されるチャリティーオークション及び本件オークションについて,その開催日程,開催場所を伝えるとともに,「国内オークション史上初の海外開催となるエスト・ウエスト香港オークション。これまでにない強力なラインナップが各分野より登場します。ポスト・ウォー&コンテンポラリーは日本アートシーンの最前線で活躍する巨匠たちをはじめ若手作家までを紹介していきます。西洋美術はガレの『フランスの薔薇』やヴラマンク,ビュッフェなど傑作が数多く取り揃えられました。貴重なダイヤモンドが多数登場するジュエリーも,世界三大マーケットのひとつ香港での結果が非常に待ち遠しいジャンルのひとつです。エスト・ウエストオークションズの各分野が総力を結集してお届けする香港オークションをどうぞお見逃しなく。」との記載がされた。1ページの下部には「エスト・ウエストオークションズin 香港/プレカタログ」として,本件オークションの出品作品のうち3つの絵画の画像が作者名,制作年,作品名,画材及び原寸の箇条書きとともに掲載され,そのうち中央のものがA作品1であった。A作品の画像の大きさは,縦が4センチメートル,横が5.7センチメートル程で,印刷は鮮明であった。
本件パンフレットの2ページ以降にも,本件オークション及びそれとほぼ同時に開催されるオークションの出品作品の画像が複数掲載された。
オ 本件パンフレットは,被告により,少なくとも平成20年10月20日から同月30日までの間,被告のウェブサイト上でダウンロードをすることが可能な状態とされた。本件パンフレットの1ページの電子データは,ページサイズが210×297mmであり,ファイルサイズが8.04MBであってそこに掲載されていたA作品1の画像は鮮明であり,パソコン上で400パーセントの拡大表示をしても相当程度鮮明なものとなるものであった。
カ 本件冊子カタログ
被告は,平成20年,本件オークションに先立ち,出品作品の画像を掲載した2分冊の冊子を発行し(本件冊子カタログ),3000円で一般に販売した。被告は,本件冊子カタログを購入することにより落札権利者1名と同伴者1名が入場できるものとし,本件冊子カタログの購入を本件オークションに参加するための条件とした。
本件冊子カタログは,縦30センチメートル,横22.5センチメートルの大きさ(ほぼA4サイズ)で,紙質は光沢のある厚手の紙であり,表紙及び裏表紙は本件オークションの出品作品の画像を使用した立派な装丁がされた。
第1分冊は,ロット番号1から144までの作品の画像を10ページ目から185ページ目までの176ページにわたって掲載し,第2分冊は,ロット番号201から289までの作品の画像を10ページ目から163ページ目までの154ページにわたって掲載し,合計233作品が掲載された。画像の掲載とともに,その作品のロット番号,作者名及び出生年,作品名,画材又は材質,原寸,サインの有無,予想落札価格等の情報が箇条書きで掲載された。作品の画像の多くは,A4サイズに収まる程度に縮小されて掲載された(以下,この部分を「作品紹介部分」という。)。
また,第1分冊の巻末の187ページ目から212ページ目に相当するページ及び第2分冊の巻末の165ページ目から183ページ目には,出品作品の作者紹介がされ,出生年,出生場所,学歴,活動歴及び受賞歴等が記載されるとともに,出品作品の画像が小さく掲載された(以下,この部分を「作者紹介部分」という。)。
出品者は,カタログ掲載料として,3000円から3万円を被告に支払うものとされていた。
(ア) 作品紹介部分の本件著作物の掲載
A作品1,B作品,C作品1及びC作品2については,それぞれ見開き2ページを使用し,左ページにロット番号,作者名,作品名等の資料的事項が記載され,右ページに,縦が約13センチメートルから24センチメートル,横が18.5センチメートルの大きさで,それらの作品の画像が掲載された。
A作品2及びD作品については,それぞれ1ページを使用し,上3分の2程度のスペースに,A作品1については縦約14.5センチメートル,横約7.5センチメートルの大きさで,D作品については縦約16.5センチメートル,横約13センチメートルの大きさでそれらの画像が掲載され,その下にそれぞれロット番号,作者名,作品名等の資料的事項が記載された。
(イ) 作者紹介部分の本件著作物の掲載
作者紹介部分には,原告A,原告B及び原告Dの紹介があり,それぞれにA作品2,B作品及びD作品の画像が,縦が約3センチメートルから約4センチメートル,横が約2センチメートルから3.5センチメートルの大きさで掲載された。
2 準拠法について
(1) 本件における原告らの請求1 は,我が国に在住する原告らが著作権を有する著作物の画像を被告が複製又は送信可能化したことを理由とする損害賠償請求であるから,このような損害賠償請求権の成立及び効力に関して適用すべき法は,我が国の法と認められる(法の適用に関する通則法17条)。
(2) 被告は,次のとおり主張し,香港法が適用される旨主張する。
本件オークションは,香港で開催されるものであるから,主催会社である被告が日本の会社であるという理由では,カタログを通常の国際慣行とは異なるものにすることはできなかった。
オークション開催地の法律によれば適法であるのに,日本国内での複製や配布が認められないことは,日本のオークション会社が世界ではハンディを負わねばならないことを意味するのであり,そのような解釈は,我が国文化の発展にとっても不利益となり,不当であることは明らかであり,本件オークションにまつわる一連の行為については,その中心的行為がされる地である香港の法を準拠法とするべきである。
(3) しかしながら,複製権の侵害が問題とされている本件フリーペーパー,本件パンフレット及び本件冊子カタログは我が国国内で配布されたことが認められ,かつ,いずれの当事者も我が国国内に住所及び本店を有することからすれば,香港が我が国と比べて明らかに密接な関係がある地であると認めることはできないから,被告の主張する事情は,上記(1)の判断を左右するものではない。
3 争点1(引用(著作権法32条1項)として適法か)について
被告は,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ,本件パンフレット及び本件冊子カタログに本件著作物の画像を掲載したことは,いずれも著作権法32条1項の「引用」として適法な行為であると主張する。
著作権法32条1項は「公表, された著作物は,引用して利用することができる。この場合において,その引用は,公正な慣行に合致するものであり,かつ,報道,批評,研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と定める。ここにいう引用とは,報道,批評,研究その他の目的で,自己の著作物の中に他人の著作物の全部又は一部を採録することをいうと解され,この引用に当たるというためには,引用を含む著作物の表現形式上,引用して利用する側の著作物と,引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ,かつ,両著作物の間に前者が主,後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきである(最高裁判所第三小法廷昭和55年3月28日判決参照)。
前記認定事実のとおり,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ,本件パンフレット及び本件冊子カタログの作品紹介部分は,作者名,作品名,画材及び原寸等の箇条書きがされた文字記載とともに,本件著作物を含む本件オークション出品作品を複製した画像が掲載されたものであったことが認められるものの,この文字記載部分は,資料的事項を箇条書きしたものであるから,著作物と評価できるものとはいえない。また,このような上記カタログ等の体裁からすれば,これらのカタログ等が出品作品の絵柄がどのようなものであるかを画像により見る者に伝えるためのものであり,作品の画像のほかに記載されている文字記載部分は作品の資料的な事項にすぎず,その表現も単に事実のみを箇条書きにしたものであることからすれば,これらカタログ等の主たる部分は作品の画像であることは明らかである。本件冊子カタログの作者紹介部分についても,文字記載部分は,単に作者の略歴を記載したものであるから,著作物とはいえず,また,作品の画像が主たる部分であると認められる。
したがって,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ,本件パンフレット及び本件冊子カタログのいずれについても,本件著作物の掲載が「引用」に該当すると認めることができず,被告の主張は採用することができない。
4 争点2(展示に伴う複製(著作権法47条)として適法か(本件フリーペーパー及び本件パンフレットへの掲載に関して))について
被告は,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ及び本件パンフレットは,本件オークション又はその下見会で本件著作物を展示するに当たって観覧者に本件著作物を紹介するために作成されたものであって著作権法47条の「小冊子」に該当するので,これに本件著作物の画像を掲載したことは適法な行為であると主張する。
著作権法47条は,「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により,第25条に規定する権利を害することなく,これらの著作物を公に展示する者は,観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。」と定める。このように「小冊子」は「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする」ものであるとされていることからすれば,観覧する者であるか否かにかかわらず多数人に配布するものは,「小冊子」に当たらないと解するのが相当である。
本件フリーペーパーの綴じ込みカタログについてみると,前記認定事実のとおり,本件フリーペーパーは,6万部が発行され,美術館,画廊,コンサートホール,劇場等の場所に備え置かれ無料で配布されていたものであり,その綴じ込みカタログは,本件オークション及びその下見会に参加し本件著作物を観覧する者であるか否かにかかわらず,自由に受け取ることができたものであるということができるから,「小冊子」に当たるものとはいえない。
また,本件パンフレットについてみると,前記認定事実のとおり,本件オークションに参加するためには,本件冊子カタログを3000円で購入して参加申込みをする必要があり,被告会員であっても本件オークションへの参加資格があるわけではないところ,本件パンフレットは,オークションに参加するかどうかに関係なく9000人の被告会員全員に配布されたことからすれば,本件パンフレットについても,本件オークション及びその下見会に参加し本件著作物を観覧する者であるか否かにかかわらず配布されたものということができるから,「小冊子」に当たるものとはいえない。
以上のとおりであるから,本件フリーペーパーの綴じ込みカタログ及び本件パンフレットは,いずれも著作権法47条にいう「小冊子」に該当しないというべきである。被告の主張は採用することができない。
5 争点3(時事の事件の報道のための利用(著作権法41条)として適法か(本件パンフレットへの掲載に関して))について
被告は,本件パンフレットを配布したことについて,本件オークションが国内オークション会社として史上初めて香港で開催するオークションであるという「時事の事件」を伝えるための報道に当たり,著作権法41条により適法とされる行為であると主張する。
しかしながら,前記認定事実のとおり,本件パンフレットには,「国内オークション史上初,香港オークション開催」の見出しが付けられ,「国内オークション史上初の海外開催となるエスト・ウエスト香港オークション。」との記載があるものの,その他は,開催日時や開催場所に関するものや,本件オークション等の宣伝というべき内容で占められており,被告が「時事の事件」であると主張する初の海外開催という事実に関連する記述は見当たらない。
上記記載の内容に照らすと,本件パンフレットは,被告の開催する本件オークション等の宣伝広告を内容とするものであるというほかなく,時事の事件の報道であるということはできない。被告の主張は採用することができない。
6 争点4(権利濫用の抗弁)について
被告は,原告による著作権の行使は権利濫用に当たり許されないと主張する。
美術品を譲渡するに当たっては,その美術品がどのようなものであるかという商品情報の提供が不可欠であるとして,そのための複製等が著作権者の許諾を得ることなく認められるべきであるとの要請があることはある程度理解することができないわけではない(平成22年1月1日から施行される改正著作権法47条の2では,美術品等の譲渡の申出のための複製等が一定の要件の下に許されることとされている。)。
しかしながら,著作権法は,複製権等が制限される場合を列挙して規定しており,その権利制限規定に該当しない以上,上記のような複製の必要性が認められるからといって,当然に著作権者の権利を制限すべきものとはいえない。被告は原告らに無断で本件著作物の画像掲載を行ったものである(弁論の全趣旨)ことからすると,本件において,原告らの著作権の行使を権利の濫用であるとするような事情も認められない。
また,被告は,オークションカタログへの無許諾の画像掲載は,確立した国際慣習である旨主張するものの,そのような慣習が存在することを認めるに足りる証拠はなく,また,仮にそのような慣習があったとしても,強行規定である著作権法の規定に反するものであるから,被告が行った複製行為が適法となるものでもなく,また,その複製行為に対する権利行使が濫用となるものでもない。
以上のとおり,被告の権利濫用の抗弁は理由がない。
7 争点5(損害)について
(1) 本件フリーペーパーへの掲載による損害
前記認定事実のとおり,本件フリーペーパーの印刷部数は6万部であったことが認められ,同程度の部数が配布されたものと考えられる。原告は,更に被告の会員9000人分が配布されたと主張するものの,これを認めるに足りる証拠はない。
そして,この配布された部数に,本件フリーペーパーへの掲載行為の性質,内容等の事情を考慮すると,著作権法114条3項所定の使用料相当額としては一つの作品画像ごとに各5万円と認めるのが相当である。そうすると,原告らの損害額は,原告Aにつき10万円,原告Bにつき5万円,原告Cにつき10万円,原告Dにつき5万円と認められる。
(2) 本件パンフレットについて
ア 本件パンフレットへの掲載による損害
前記認定事実のとおり,本件パンフレットは被告の会員9000人に配布されたことが認められる。
そして,この配布された部数に,本件パンフレットへのA作品1の画像掲載行為の性質,内容等の事情を考慮すると,著作権法114条3項所定の使用料相当額としては5万円と認めるのが相当である。
イ本件パンフレットのウェブサイトへの掲載による損害
前記認定事実によれば,A作品1の画像が被告ウェブサイトに掲載された期間は11日間という短期間であったものの,高い画質による掲載で,かつ,誰でもアクセスすることが可能であったことが認められる。また,弁論の全趣旨によれば,複製を防止する措置がとられておらず,一度ダウンロードされれば以後は無限に複製が可能となるものであったと認められる。
以上の事情を考慮すると,本件パンフレットをウェブサイトに掲載した行為についての著作権法114条3項所定の使用料相当額は,原告Aが主張する5万4000円と認めるのが相当である。
ウ 以上によれば,原告Aが被った損害は,合計10万4000円であることが認められ,原告Aが一部請求をしている4万円全額について理由がある。
(3) 本件冊子カタログへの掲載による損害
本件冊子カタログの発行部数は明らかにされていないものの,少なくとも被告会員数である9000部を下らないと原告らが主張し,被告がこれを積極的に争っていないことから,発行部数は9000部であったと認める。そして,前記認定事実のとおり,本件冊子カタログは3000円で販売されたものであるから,売上は2700万円であったと認められる。また,前記認定事実のとおり,本件冊子カタログには,本件著作物を含む233作品が掲載されており,出品者はカタログ掲載料を被告に支払っている。
上記の本件冊子カタログの売上額,本件冊子カタログに占める本件著作物の複製物が占める割合,当該掲載行為の性質,内容及び被告がカタログの売上に加えて出品者からカタログ掲載料を得ていることなどの事情を総合すると,著作権法114条3項所定の使用料相当額は,原告らの主張する損害額である,原告Aにつき6万3974円,原告Bにつき4万2649円,原告Cにつき4万2649円,原告Dにつき4万2649円と認めるのが相当である。
したがって,原告らが一部請求をしている,原告Aにつき6万円,その余の原告らにつき各4万円の全額について理由がある。
8 結論
よって,原告らの本訴請求は,原告Aにつき20万円,原告Bにつき9万円,原告Cにつき14万円,原告Dにつき9万円及びこれらに対する不法行為の後の日である平成20年11月13日(訴状送達の日の翌日)から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
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