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2009年11月22日 (日曜日)

法とコンピュータ学会に参加

昨日,大妻女子大学で法とコンピュータ学会の総会と研究会が開催された。検索エンジンをテーマにした結果かどうかはわからないが,多くの参加者があり,研究報告(講演)及びパネルディスカッション共に大いに盛り上がった(←一説によると,女子大を会場にした効果ではないかとか。)。

法律論として問題になったのは,Google Book Searchのクラスアクション和解案と著作権管理の問題,様々なWeb検索の結果として発生するプライバシー侵害や個人情報保護上の問題,そして,ネット上の誹謗中傷や名誉毀損などが検索エンジンによって集められ,まとめて表示されることから生ずる様々な問題といったあたりだった。

これらの諸点については,私なりにいろいろと考えてきたのだが,個人情報保護の関係では,オプトアウトを前提とする運用をする場合,本人からの要請があれば,正当な理由がなくても原則として消去するという結論を導くような法律論が正当なのではないかと思う。

また,(目下,法科大学院のサイバー法の講義では試みにやってみていることなのだが)プライバシー権の財産権としての側面に着目した法的考察及び法解釈論の構築が必要ではないかと考えている。プライバシー権は,普通は,精神的自由権の一種としてとらえられるのが普通であるし,そのような側面があることは疑うべき余地がない。

しかし,現実に(検索エンジンのためにロボットで収集される場合を含め)企業の営利活動のために個人情報が意図的に収集され,場合によってはそれが取引されているという現実を考えると,完全に民法解釈論の問題として,財産権としてのプライバシー権というものを徹底的に考えてみるべき余地がある。

研究会のあとの懇親会では,こんなことなどについても色々と意見交換をすることができ,とても有意義だった。

なお,Google Book Searchに関しては,著作権法上の問題点や国家政策としての知的財産権政策という見地だけから考察するのでは十分ではないと思っている。Google Book Searchを運用するための書籍データの収集とその頒布または公衆送信は,経済学的に考察すると,価値のあるデータの蓄積ととの卸(おろし)に相当する行為だと評価することが可能だ。そして,今後,Googleは,かなり独占的優位性をもった「問屋」的な存在へと変化していくのではないだろうか?

もちろん,一般論としてには,誰でもGoogleと同じように書籍のデータを蓄積することが可能だ。しかし,書籍データにまつわる諸々のかつ膨大な権利処理をするためには,それなりに巨額のコストがかかるし,そもそも書籍データを集めることそれ自体についても信じられないくらい莫大なコストを要する。

一般論としては,そのようなコストを普通の企業が負担するはずがないし,税金でやれることにも限界がある。けれども,Googleには何故かその負担能力がある。

ビジネスというものを考える場合,十分な資金があるかどうかという要素は,ほぼ決定的な勝敗の分かれ目となることがある。

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コメント

夏井先生

高橋です

はい。では、大阪で、お会いしましょう。

投稿: 高橋郁夫 | 2009年11月26日 (木曜日) 16時05分

高橋 先生

夏井です。

経済現象のとらえ方や理論構成などが高橋先生と私とではかなり異なっているのではないかと想像するので議論が成立しているのかどうか若干気になりますが,12月5日の情報ネットワーク法学会の懇親会の折にでも意見交換しましょう。

投稿: 夏井高人 | 2009年11月26日 (木曜日) 13時13分

>現実には,正常な市場における取引による取得とい>うよりも,略奪,収奪,強奪,闇での分配,詐取に>近い無権限取得に相当するものが一般に想像されているよりもかなり多いのだろう

私は、ここらへんがちょっと違いますね。
プライバシパラドックスをだしたのは、実は、プライバシ自体が財産権として、それほどの重要な権利ではないと本人が認識しているからと思っています。

その本人の認識が誤解・詐欺によるものなのかどうか、そうでなければ、民法体系では、自由市場として許容という考えをもっています。

では、プライバシの取引における、誤解・詐欺等のような要素として何が考えられるのか、それをどう考えるのかというのが一つのテーマですね。
消費者契約法的なセンスをどう考えるのかでしょうか。経済学のほうがツールとしては、豊富ですね。

RSAコン2010でSFにいけばAcqusti先生にあえるかな

(Frogs and Herds: Behavioral Economics and Privacy Valuations

Alessandro Acquisti
https://cm.rsaconference.com/US10/catalog/catalog/catalog.jsp)

一緒に行きませんか?

投稿: 高橋郁夫 | 2009年11月25日 (水曜日) 14時31分

高橋先生 コメントありがとうございます。

ネットビジネスにおけるプライバシーの取得においては,現実には,正常な市場における取引による取得というよりも,略奪,収奪,強奪,闇での分配,詐取に近い無権限取得に相当するものが一般に想像されているよりもかなり多いのだろうと思うので,正常な市場のある取引という前提でものを考えることは難しいのではないかもしれませんね。

プライバシーの財産権的構成は,そのようなタイプの「取引」なるものが実は「まったく等価交換になっていない」という当たり前のことを明らかにするために有用な解釈論上の手法の一つになるだろうと考えています。

ネットビジネスのすべてを生かしてやる必要は全くないです。悪いビジネスや違法なビジネスはどんどん禁圧し,社会の中から消滅させてしまったほうが「正常な市場」の形成のためにはよいことだろうと思います。

とは言っても,あくまでも一般論ですが,違法なビジネスの経営者に限って,「自分のビジネスは適法だ」とかたく信じていることが多いというのもまだ偽らざる事実なので,問題の解決は簡単ではないです。

理論は理論として,現実にビジネス活動を行っており,社会的にも政治的にも経済的にも非常に強い影響力のある経営者が多数存在しており,かつ,彼らが舞台の幕を自らおろそうとする気など微塵も持っていないという現実を無視することはできませんね。

なかなか難しいです。

投稿: 夏井高人 | 2009年11月25日 (水曜日) 14時15分

>経済学的に考察すると,価値のあるデータの蓄積ととの卸(おろし)に相当する行為だと評価することが可能だ

はい。
グーグルのサービスの値段は、みんなのプライバシの値段ですね。

法律家は、プライバシといっていますが、実際の取引では、結構、安易にプライバシが売られています。土曜日は、この点にはふれられませんでした。(無料のサービスですと力んでいた人がいましたからね)

このプライバシ・パラドックスを前提にいろいろな分野で理論的に解釈論に生かせないかということをもくろんでいます。

取引型の場合には、リアルIDと絡まなければ、たぶん、均衡取引でしょう。その一方で、オフラインで取得されるプライバシ(地図情報なんとか)は、ちょっと、不均衡ですね。
均衡にする取引コストを本人に負担させるのがいいのかどうかですね。でも、情報の分析によって、得られる便益も考慮にいれると..数式がでてきそうです。

一つ、予算付きで仕込んでいますが、うまくいきますかどうか。

投稿: 高橋郁夫 | 2009年11月25日 (水曜日) 13時41分

キメイラさん こんにちは。

キメイラさんのご意見には,ほぼ完全に賛成です。早急に何らかの対応策を講じなければなりませんね。

ただ,大学の研究費を含め,非常に大事な関連予算がどんどん仕分けされてしまうかもしれません。試みに最も悪い近未来シミュレーションをしてみると,本当に暗澹たる気持ちになってしまいます。

投稿: 夏井高人 | 2009年11月24日 (火曜日) 06時47分

夏井先生,ご応答ありがとうございます。m(_ _)m
 非対称バトルの怖さは,プライバシー財産権を守ろうとする全方位防衛コスト(規模の利益と収益低減で見たセキュリティコスト)より,僅少なリソースコストでバルナビリティ攻撃が可能で,しかも容易に回復不可能な致命的侵害を与え得ることだと思います。
 「下部構造は上部構造を規定する」というマル経を持ち出すまでもなく,サイバー攻撃やサイバーテロのように,圧倒的に攻撃側が有利な構造を前提にコスト計算しないと,安易な対策は沈没するかもしれません。
 すると法学一般に加え,経済学や経営学の視点も大事なわけで(ネットは基本的に100%民間主導),総合学際科学都市の分析と政策立案が不可欠という感じを受けます。

投稿: キメイラ | 2009年11月24日 (火曜日) 00時08分

キメイラさん こんにちは。

率直な感想を言わせてもらえば,現在の法学部の構造が科目毎の縦割りになっていることが一番良くないのだろうと思います。

プライバシーの問題は,憲法,民法,刑法,行政法,知的財産法,民事訴訟法,民事保全法,刑事訴訟法,破産法,労働法,消費者保護法その他ほとんどすべての法領域と関連する問題です。しかし,現実には,「プライバシー」は憲法または民法(不法行為法)でのみとりあげられます。

だから妙な具合になってしまうのだろうと思います。

ところで,日本国の普通の裁判官は,大学法学部における科目の縦割り構造とは無関係に全法領域に精通していなければ全然仕事になりません。また,現実に全法領域に精通しているのでなければ,裁判官として採用されることもないです。ですから,優秀な学者であれば,誰でもやってやれないことはないはずです。

そしてまた,「プライバシー」の問題は,単に「学問としてどう位置づけるか」という問題だけではなく,現在の「大学法学部のあり方」それ自体に関しても深刻な問題があることを浮き彫りにしてしまうものなのかもしれません。

とまあ,問題を大きくしてしまうと世間を混乱させてしまうので,この点はここらへんにしておくことにして,プライバシーの財産権としての側面にあまり目が向かなかったことは,もしかすると意図的にそうされてきたのかもしれないというような気もします。もしこの点に関心が集まってしまうと,企業に巨額の不当利得があるかもしれないというあまりにも当然のことに誰でも気付いてしまうでしょう。そうすると,気付かれなければ支払わないで済ませてしまうことができるはずの「コスト」というものが本当は存在しているということが鮮明に浮かび上がってしまいますね。これは,企業経営にとって大きな圧迫要因になりますし,とりわけネットビジネスでは致命的なまでに深刻な問題を発生させてしまうかもしれません。

しかしながら,最終的にこの問題をどのように解決するにしろ,所詮,ビジネスの世界では他人の財産権に「ただ乗り」している部分がかなりたくさんあるということを素直に認めるべきだろうと思います。

安易な特許政策や著作権政策などに対して,私がこれまで批判的な態度をとり続けてきたことは周知のとおりです。その背景には,このような経済学的な意味での問題意識のようなものがあるからかもしれません。

投稿: 夏井高人 | 2009年11月22日 (日曜日) 21時37分

 学生時代に「データバンク社会とプライバシー」が憲法ゼミ卒論で議論しましたが,当時は名簿業者・銀行・マスコミ等の巨大データバンクを企業が独占して経済価値として利用する面が論点でした。
 あれから三十余年が流れ,今や世界中の個人一人一人が,検索エンジンで巨大データバンクに匹敵する一般情報や個人情報を入手できるようになり,プライバシーの保護方策も検索エンジン規制論議まで行くとなると,核超大国(資産等リソース豊富)とゲリラ部隊(貧者の一灯)の非対称戦争とか,労使争議でなく労資争議とかと類似の情報格差非対称バトルの事態に突入したのかもしれません。
 貧者の一灯・集めて炎上(。_・☆\ ベキバキ

投稿: キメイラ | 2009年11月22日 (日曜日) 20時25分

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