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2009年8月10日 (月曜日)

ワシントン対ワシントン州

ワシントン(米国連邦政府)は,連邦政府システムの基幹(インフラストラクチャ)としてクラウドコンピューティングの導入を検討している。その構想の中には,米国のすべての州が物理的には同一の(連邦の)データセンターを供用するものとし,各州からはあたかも自州のデータセンターであるかのように見えるような運用をするという構想も含まれている。これは,まさにクラウドコンピューティングそのものだ。ただし,そのための物理装置を民間が運用することはないだろうと思われる。要するに,連邦政府は,米国の全ての州のシステムを統括する連邦政府直轄運営の統合データセンターの構築を目指していることになる。ここらへんのところを読み違えると,「クラウドで一儲け」と目論んでいる企業等は,結局,大失敗をしてしまうことになるだろう。

ところが,米国のワシントン州では,連邦の構想とは無関係に,自前のデータセンターの構築を検討しているらしい。このようなワシントン州の動きは,連邦政府にとっては障害なのかもしれないが,もともとの米国の成り立ちや米国連邦憲法上では当然過ぎるくらい当然のことなので,理論上でも実務上でも衝突が起きる可能性がある。例えば,一方で,「Googleが連邦政府に対してGoogleのクラウドコンピューティングに関して猛烈なロビー活動をしていることは」既に過去記事に書いたとおりなのだが,他方で,ワシントン州にはマイクロソフトがあり,マイクロソフトのクラウドコンピューティングが存在する。そして,連邦政府が特定の企業の製品やサービス等に対してだけ「独占」の許可のようなものを与えてしまうことは(少なくとも建前上では)許されないことだ。このようなことなどをあれこれ考えてみると,それは,もしかすると「連邦政府への政治不信」というかたちに発展し,いずれオバマ政権にとって致命的な「アキレス腱」へと発展してしまうかもしれない。下記の記事が出ていた。

 Cloud Computing: Washington vs. Washington
 Business Week: August 9, 2009
 http://www.businessweek.com/technology/content/aug2009/tc2009087_879073.htm

ちなみに,日本で上記の米国における動きと同じようなことが存在するのかどうかというと,既に存在すると評価することが可能な段階かもしれないと考える。例えば,住基ネットをその一例としてあげることは不可能ではないだろうし荒唐無稽でもなさそうに思われる。もし,今後,地方自治体の独立を根幹部分で奪ってしまうようなデータ処理上の中央集権化(集中化)が究極まで推進されてしまうようなことがあると,最も重要な部分が地方自治体には何も残されないことになってしまうのにもかかわらず,名目上(見かけ上)では自治体が独立して自治体行政事務を遂行しているかのように見えてしまうので,まさ,「クラウドだ」と言わざるを得ないような状況が出現してしまうかもしれない。目下,道州制の導入という提案をする人もいるけれども,仮にそれを導入したとしても,すべての道や州が単一の集中された(国の)データセンターを供用し,見掛けだけ道や州が独立してデータセンターをもっているかのように運営するというクラウドコンピュータ化を前提にするというのであれば,ちゃんちゃらおかしな話しということになってしまうだろう。そこらへんのところをきちんと理解している政治家や知事などがどれだけいるのかはなはだ疑問に思っている。

以上を要するに,クラウドコンピューティングは,それ自体としては高度なコンピュータシステム技術の一つに過ぎないし,それ以上でもそれ以下でもない。アキーテクチャそれ自体としては非常に面白い。しかし,現実の社会における実装と運用となると全然異なる文脈の中で考えなければならない事項が山ほどある。研究室と現実の社会とは相互に全く無関係なのだ。そして,法的な面から検討してみると,大規模な集中に伴い,プライバシーや個人情報(個人データ)などの個人の利益の面でも,著作権や営業秘密などの企業の利益の面でも,そして,政府の中立性という政治的な利益の面でも(米国のような連邦制をとっている国家では連邦を構成する州の独立という政治的な利益の面でも),様々な問題があることが判る。もちろん,同じことは情報セキュリティの面でも当てはまる。これらのことのすべては,システムの規模が非常に大きくなってしまう可能性があること,そして,そのシステムが単一の運営主体によって独占的に運用・管理されるということに起因するものであることは疑うべき余地が全くない。


[追記:2009年8月11日]

関連記事を追加する。

 「霞が関・自治体クラウド」に約200億円の補正予算、実現の可能性は?
 IT Pro: 2009/05/08
 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20090507/329559/

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