英国最初の「コンピュータフォレンジックス学位」が授与された
日本ではまだ「コンピュータフォレンジックス学部(School of Computer Forensics)」という学部をもつ大学が存在しないはずなので,そのような学位も存在しないはずだし,コンピュータフォレンジックス学博士も存在しないことになる。
しかし,英国では,すでにそのような学位を授与することのできる大学が存在している。このたび,その最初の卒業生に対しコンピュータフォレンジックス学の学位が授与されたようだ。
Computer forensics students graduate
News Guardian: 30th July 2009
http://www.newsguardian.co.uk/latest-news/Computer-foresics-students-graduate.5502246.jp
日本は,あまりにも縦割りの学問体系が固定的に定着し過ぎてしまっていて,どうにも身動きがとれないことが多い。おそらく,日本の大学で「コンピュータフォレンジックス学」のようなものを導入するとすれば,文系では法学部の中で犯罪学の一部として扱うことになるだろうし,理系では理工学部などで暗号学の一部として扱うことになるだろう。しかし,それだけだとすれば,いずれもどこか奇妙だ。文系と理系の相違を無視した学科または学部の構成が必要であると同時に,情報技術,通信技術,暗号学,心理学などの専門的技術分野を学ぶほかに比較的高度な法学を必須のものとして学ぶ必要がある。これまで,いくつかの大学院大学などでコンピュータフォレンジックスと類似の教育が実施されたことがあった。けれども,いずれも結局うまくいかなかったのは,法学と心理学を軽視し過ぎたからだろうと想像している。ただし,法学者の中でコンピュータフォレンジックスにおける必要性に即してきちんと教育を行うことのできる者がどれだけいるかというと,かなり寒い状況にあることもまた否定できない事実ではある。現実問題として,米国の連邦証拠規則に即して電子証拠開示をきちんと教えることのできる教授はめったにいない。
縦割り行政の中で,従来の学問体系の中に含まれないものにはあまり予算が費やされてこなかったツケがまわってきているのだ。
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コメント
キメイラさん こんにちは。
ダブルスキルを身につけるために頑張っている学生がたくさん存在しているということは,とても心強いことです。真の人材育成とは,「手取り足取り」で甘やかすことではなく,「何を習得すべきか」を自分で見つけ,自分で獲得するために努力し,工夫するきっかけをつくることだろうと思います。
私がコンピュータと関連する法律について勉強し始めたのは,裁判官任官後数年を経てからです。そのころは,まだ8ビットPCが主流で,16ビットPCはかなり高価なものでした。8インチ2Dや5インチ2Dのディスクなども普通にありましたし,ゲーム用PCではカセットテープが主流でした。
アプリケーションプログラムについては「自作でまかなうのが当然」という時代だったので,COBOL,BASIC,C,C++などのプログラム言語を独学で必死になって覚え,自分自身の業務用プログラムを書いて使いました。
正直言って,しんどい面もありましたけど,今から思い起こしてみると「良き時代」だったと思います。
自分自身の経験からすれば,独学で習得できないことはほとんどないです。教授になってからは,「教授の教授」など存在しない以上,すべて独学で新しい地平を拓いていかなければならないわけで,要するに,「学問」とは「自分自身の独学のためのよりよき方法論を自分自身で自分自身のために開拓し続けること」に尽きると信じています。
何か良いマニュアルや先生が常に存在していることを前提に,「自分の頭で考え,苦心して未来を切り開く努力」をしようとしない学生は,最終的には不幸なことになるのだろうと思います。
裁判官にしても情報セキュリティの専門家にしても,目の前の事件は常に他の事件とは異なる事件であり,それを解決するための教科書やマニュアルなどどこにも存在せず,もちろん先生も存在しないので,結局,自分で観察し,自分で検討し,自分で調べ,自分で考え,自分で判断し,自分で決断するしかないんですよね。
とは言っても自分の工夫や努力の多くは,他人から評価されないのが普通なので,そこらへんのところをはきちがえて自己中心的な発想にならないよう十分に気をつける必要もありますね。
「生きていく」ということは,なかなか容易なことじゃないです・・・
というようなことを書き始めると,いろいろとありそうなので,ここらへんでやめておくことにします。(笑)
投稿: 夏井高人 | 2009年8月 2日 (日曜日) 22時49分
夏井先生,ご応答ありがとうございます。m(_"_)m
最近の若い人の中には,将来の就職難対策として,法学部に入学して1年生から,コンピュータ工学の専門学校の夜間コースに入ったり,電子計算機学科で(モグリ)聴講生となったり,ベンダー屋でプログラマや保守のバイトをしてスキルを磨いたり,ときどき趣味でハッキングコンテストで合法的なハッキングしたり……。マルチスキルがないと就職に不利だという感覚が広まっているようです。
私も若い時にネットワーク法学のドクターコースまで進みたかったです。もっとも,そんな教室が片鱗もなかったSystem/360(OS/360 )時代で言語世代はコボルの絶頂期でしたが。
投稿: キメイラ | 2009年8月 2日 (日曜日) 08時15分
キメイラさん こんにちは。
米国や欧州だと,異なる分野に関する学位をもっている人が結構普通にいますね。それくらいの知能がないと最初から相手にされないのかもしれません。
なお,私の場合には,短期間で司法試験に合格することを目的に青春時代をすごしてしまったので,大学院に行くこともなく完全な無学位です。というわけで,そもそもそういうコースとは無縁の生活を送ってきましたが・・・(笑)
投稿: 夏井高人 | 2009年8月 1日 (土曜日) 22時41分
夏井先生ご教授ありがとうございます。m(_ _)m
>少なくとも3つ以上の相互に全く異なる分野に属する専門領域をマスターしている人であることが望ましいですね。
う~ん。IT技術と法律とクライシス(リスク)マネジメントは最低限必要な感じを受けます。若いころから3学部程度を横断して専門知識を身に付ける人材の育成が必要だと愚考します。できればマスターレベルが理想ですが。
米国FBIの特別捜査官や司法省CCIPS検事には,学位や博士号を2つ以上もっている人がいて,しかも若いころにハッキングを趣味としていたというのですから,たいへんうらやましく?思ったことがあります。
投稿: キメイラ | 2009年8月 1日 (土曜日) 13時01分
キメイラさん こんにちは。
ハイテク犯罪学とかサイバー犯罪学とかデジタル犯罪学なんかをやろうとすれば,理系とか文系とか既存学部とかいった縦割り構造(伝統的な既成概念)を一切無視し,それを破壊してしまわないとだめだろうと信じています。
また,そのような教育機関の担当教授は,(たった1つしか専門領域をもっていない人では全く無力なので)少なくとも3つ以上の相互に全く異なる分野に属する専門領域をマスターしている人であることが望ましいですね。異なる専門領域を本当にマスターしている人(または,そのように努力してきた人)でないと,「学際」なるものを単に「寄せ集め」くらいにしか認識・理解できないです。それと同時に,自分の本来の専門分野については,法学分野にせよ情報科学分野にせよ,トップレベルに達していないとだめだろうと思います。
これまでの数多くの学際的研究なるものがうまくいかなかった最大の原因はここにあります。
要するに,自分自身の専門領域について他の人々をリードするだけの実力がなく,かつ,自分の専門分野以外の分野について正しく理解し会話する能力もない人が何百人集まっても,何も生まれないんです。
この問題に関しては,大学について言えば,大学設置基準それ自体が非常に古ぼけていて現代では使い物にならないという問題があるだけではなく,学術会議のようなところも不合理なカテゴリーに支配されていて誰も正しい政策決定や政策遂行ができないというあたりにも問題があるだろうと思います。
現実的には,全く新たに官製で警察大学校のような感じの組織を構築するしかないかもしれません。
ただし,その構成員が公務員または独立行政法人の構成員という位置づけになると,非常に有能な人材に対して,その人的リソースとしての価値に見合った十分なペイをすることが全くできないという問題があります。したがって,そこらへんを解決するための何らかの工夫が必要になるだろうと思います。
投稿: 夏井高人 | 2009年8月 1日 (土曜日) 07時44分
ハイテク犯罪学とかサイバー犯罪学とかデジタル犯罪学なんて作ったら,日本では文系でしょうか理系でしょうか?法学部や文学部の先生にサイバーセキュリティが判る方は夏井先生ほか一握りだと思いますが。
投稿: キメイラ | 2009年7月31日 (金曜日) 18時20分