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2009年3月30日 (月曜日)

IPA:「IT人材市場動向調査 調査報告概要版No.3」の公開

IPAのサイトで,「IT人材市場動向調査 調査報告概要版No.3」が公表されている。

 プレス発表 「IT人材市場動向調査 調査報告概要版No.3」の公開について
 IPA:2009年3月27日
 http://www.ipa.go.jp/about/press/20090327.html

これは,「IT産業に対して大学生がどのようなイメージをもっているのか?」をアンケート調査した結果をまとめたものなので,IT産業の現実そのものとは少しかけはなれた部分もあるけれども(←学生は実際にIT産業で労務に従事したことがないし,また,IT産業の裾野は広く,その全部について精通している者など世界中にただの一人も存在しないことは当然のことなので,アンケートにこたえる学生としては大部分を想像に基づいて判断するしかない部分が多く,やむを得ない結果だと考える。),学生の意識を知る上では非常に参考になる資料ではないかと思う。

このアンケート結果の中で,私が個人的に注目したのは,「仕事の内容がわかりにくい」という意識を持っている学生がどうやら多いらしいという点だ。

情報系の学部や科目をもつ大学は多い。しかし,学問としての「情報科学」などを教えることはあっても,IT産業の現場で実際に働いている方が講師となってきちんと教授するような科目が充実している大学は極めて少ない。学問として,「情報科学」や「情報社会論」や「情報産業論」などを教えるにしても,担当する教授の多くは現実にIT産業で働いたことのない人が多い。法学部や法科大学院の教員をつとめる弁護士あるいは経営学部などの教員をつとめる公認会計士であれば,IT産業に属する顧客との仕事上でのやりとりの中で自然とIT産業の現実を知ることができるし,そこで抱えている様々な問題点について深刻に考えることがしばしばあるだろう。その意味で,そのような実務家はIT産業の現実を知る機会がある。また,経営学部や商学部などの教員で,現実の企業との接点を多く持ち,共同研究等を通じてIT企業の現実を直接に知る機会の多い教員であれば,純然たる教授であっても現実を知っているということができるだろう。しかし,机上の学問しか知らない者は現実を知っているとは言えない。誰か他人が認識してカテゴリー化した文章を理解し覚えているのに過ぎないのだ。

勿論,ナマの現実を知らなくても何らかの学説を育てることは可能だし,現実を完全に超越した理念しか存在しないところに最先端の学問が誕生することもあり得ることだ。それゆえに,特定の教授が「ナマの現実を知らない」という一点だけで「大学における学問が無益・無駄だ」と考える者は,大局観に欠け,近視眼的にしかものごとを考えることができず,学問の本質を理解する能力のない非常につまらない人物または有害な人材だと評価することができるだろう。

とはいうものの,大学において,学生達の将来のことを考え,現実の世界について少しでも情報提供をし,それぞれの学生が少しでも豊かな人生を送ってほしいと考えるのであれば,「現実の世界のことを正確に教える」ということが必須だと考える。勿論,それを知って落胆する学生も出てくるだろう。しかし,現実の世界は「パラダイス」ではないし,基本的に弱肉強食の世界なので,強くなければ生きていくことができない。そして自分にとって何が一番強いのかをよく自覚し,それを活かして強く生きていくことができそうな職種を選ぶことが重要ではないかと思う。その意味で,どんなに落胆すべき結果をもたらすとしても,現実を知らせるという即物的な精神が絶対に必要となる。むごいと思われても,そのようにすることが最も「まごころのこもった授業」なのであり,口当たりの良いリップサービスだけでの授業など詐欺行為や麻薬中毒に等しく,「現実の世界で生きていくための強さをもった人材を育てる」という点では落第点の授業であると評価するしかない。このような観点からすると,人材を育てるための前提として現実の社会について情報提供をするという目的のためには,現実の社会を知らない教員であっては困るのだ。また,現実の社会とは言っても,いわゆるサブカルチャーの世界だけを現実に知っており,それをネット社会全体に共通のものとして過度に一般化して教授することもまた間違いだと思っている。ネット社会は,自然界の生態系と同様に非常に複雑な構造をもっており,サブカルチャーはその中の非常に限定された部分社会を構成するのに過ぎない。現実には,ネットを戦略上の武器として駆使し,目が真っ赤になってもモニタの前にかじりつき続けている者,線路の保線作業員と同じように黙々と通信接続の確保のために日夜働き続けている者,ネット上のコンテンツを提供するために必死になってコードを書き,バグ取りのために徹夜を重ねている者,利用者からの苦情対応の中で身勝手なユーザの一方的な言い分のために精神的に疲労しながらもそれでも誠実に業務を重ねている者など,社会人としての地道な仕事に従事し,その仕事を通じてネット社会の一員となっている者のほうが圧倒的に多い。そのようなかたちでネットをかかわりあいをもっている人々は,情報文化論や情報社会論などを専攻する学者の興味の対象となりにくい。何か「ウケる」対象でないと論文としてのインパクトがないのではないかと感じてしまう者が少なくないからかもしれない。しかし,あるべき調査は,スタッズ・ターケルの『仕事!』のようなフィールドリサーチなのであって,空想ではないというべきだろう。

他方,IT産業としても,学生に対し,自社の仕事がネット全体の中でどのような機能を果たすような仕事なのかを判りやすく伝える工夫は当然すべきだろうと思う。鉄道にたとえて言えば,乗客としてネットとかかわっているのか,運転手や車掌としてネットとかかわているのか,車両の製造者としてネットとかかわっているのか,線路の保線や架線の維持・管理をする者としてネットとかかわっているのか,電車の吊り広告業者としてネットとかかわっているのか,鉄道会社に電気を供給する会社としてネットとかかわっているのか,駅や車内での飲食物を供給する者としてネットとかかわっているのか,電車や施設の清掃業務に従事する者としてネットとかかわっているのか,施設や電車の安全を確保し治安を維持するための業務についている者としてネットとかかわっているのかなどなど,ネットという広大な世界の中で「どのような機能を営んでいるのか」を知らせるべきなのだ。それを全部一括して「IT企業」と言ってしまうからわけがわからなくなってしまうのだろう。

ちなみに,これら比喩的に例示した仕事(職務)はどれをとっても非常に重要であり,その業務内容に貴賎はない。例えば,運行管理室で運行指令業務に従事する者は,ただそれだけの理由で,車内清掃業務に従事する者よりも人間として偉いということなどあり得ない。清掃業務がなされず,塵芥によって機器類がしばしばトラブルを起こしたり漏電火災が発生したりし,ネズミやゴキブリが走り回り,汚いゴミが散乱するような職場で働きたいと思う者は誰もいないだろう。それぞれの仕事はそれぞれ必要があるから存在しているのであり(=客観的に必要性がなくなれば,業務それ自体が消滅する。),その意味では,どんな業務に従事している者であっても,人間としてはお互いに完全に同等だと言うべきだ。ただし,それぞれの職種における職務上の重要性,難易,特性,責任,社会的需要などの相違に応じて給与の額が異なるべきことは言わずもがなというべきか。

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