まねきTV事件控訴審判決(知的財産高等裁判所平成20(ネ)10059号著作権侵害差止等請求控訴事件)
日本放送協会,日本テレビ放送網株式会社,株式会社フジテレビジョン,株式会社テレビ朝日,株式会社テレビ東京(原告ら)が株式会社永野商店を被告として,放送の送信可能化禁止,番組の公衆送信差し止め及び損害賠償金の支払いを求めていた事件について,第一審では原告らの請求を棄却する敗訴判決となったことから,原告らが控訴していた控訴審で,2008年12月15日に控訴棄却の判決があった。
知的財産高等裁判所平成20年12月15日判決(知的財産高等裁判所平成20(ネ)10059号著作権侵害差止等請求控訴事件)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081216170214.pdf
判決中の主要部分は,次のとおり。
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(事案の概要)
本件は,放送事業者であり,別紙放送目録1~7記載の各周波数で地上波テレビジョン放送(以下,別紙放送目録1~7記載の放送を総称して「本件放送」という。)を行っている控訴人らが,「まねきTV」という名称で,被控訴人と契約を締結した者がインターネット回線を通じてテレビ番組を視聴することができるようにするサービス(以下「本件サービス」という。)を提供している被控訴人に対し,被控訴人の提供する本件サービスが,本件放送について控訴人らが放送事業者として有する送信可能化権(著作隣接権。著作権法99条の2)を侵害し,また,別紙著作物目録1~7記載の各著作物(以下,別紙著作物目録1~7記載の番組を総称して「本件番組」という。)について控訴人らが著作権者として有する公衆送信権(著作権。著作権法23条1項)を侵害している旨主張して,著作権法112条1項に基づき,本件放送の送信可能化行為及び本件番組の公衆送信行為の差止めを求めるとともに,民法709条,著作権法114条2項に基づき,著作権及び著作隣接権の侵害による損害賠償の支払いを求めた(不法行為後の日である平成19年3月15日から支払い済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を附帯して請求)事案である。
原判決は,本件訴えが訴権の濫用に当たるとの被控訴人の主張は排斥したが,被控訴人が,本件サービスにおいて行っている行為は,著作権法2条1項9号の5イ又はロに規定された送信可能化行為に該当せず,同法2条1項7号の2に規定された公衆送信行為にも該当しないとして,控訴人らの請求を棄却した。
(争点に対する判断)
3 争点2(本件サービスにおいて,被控訴人は本件放送の送信可能化行為を行っ
ているか)について
(1) 著作権法において,「送信可能化」とは,①公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に情報を記録し,情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体として加え,若しくは情報が記録された記録媒体を当該自動公衆送信装置の公衆送信用記録媒体に変換し,又は当該自動公衆送信装置に情報を入力すること,②その公衆送信用記録媒体に情報が記録され,又は当該自動公衆送信装置に情報が入力されている自動公衆送信装置について,公衆の用に供されている電気通信回線への接続を行うことをいう(2条1項9号の5)。
このように,「送信可能化」とは,自動公衆送信装置の使用を前提とするものであるところ,控訴人らは,本件サービスにおいて,ベースステーションが自動公衆送信装置に当たると主張する。
しかしながら,「自動公衆送信装置」とは,公衆の用に供する電気通信回線に接続することにより,その記録媒体のうち自動公衆送信の用に供する部分に記録され,又は当該装置に入力される情報を自動公衆送信する機能を有する装置をいうものであり(著作権法2条1項9号の5イ),「自動公衆送信」とは,「公衆送信」,すなわち,公衆によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信を行うことのうち,公衆からの求めに応じ自動的に行うものをいうのであるから(同項7号の2,9号の4),「自動公衆送信装置」は,「公衆送信」の意義に照らして,公衆(不特定又は特定多数の者。同条5項参照)によって直接受信され得る無線通信又は有線電気通信の送信を行う機能を有する装置でなければならない。
しかるところ,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(1),(3),(4))のとおり,本件サービスにおいては,利用者各自につきその所有に係る1台のベースステーションが存在し,各ベースステーションは,予め設定された単一のアドレス宛てに送信する機能しか有しておらず,当該アドレスは,各ベースステーションを所有する利用者が別途設置している専用モニター又はパソコンに設定されていて,ベースステーションからの送信は,各利用者が発する指令により,当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対してのみなされる(各ベースステーションにおいて,テレビアンテナを経て流入するアナログ放送波は,当該利用者の指令によりデジタルデータ化され,当該放送に係るデジタルデータが,各ベースステーションから当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対してのみ送信される)ものである。すなわち,各ベースステーションが行い得る送信は,当該ベースステーションから特定単一の専用モニター又はパソコンに対するもののみであり,ベースステーションはいわば「1対1」の送信を行う機能しか有していないものである。そうすると,個々のベースステーションが,不特定又は特定多数の者によって直接受信され得る無線通信又は有線電気通信の送信を行う機能を有する装置であるということはできないから,これをもって自動公衆送信装置に当たるということはできない(被控訴人事業所内のシステム全体が一つの自動公衆送信装置を構成しているとの主張については,後記(3)において検討する。)。
(2) [省略]
(3) 控訴人らは,ベースステーションを含めた被控訴人のデータセンター内のシステム全体が,一つの特定の構想に基づいて機器が集められ,それらが有機的に結合されて構築された一つの「装置」となっているから,本件システムは,被控訴人事業所内のシステム全体が一つの自動公衆送信装置を構成しているものであり,被控訴人がこれを一体として管理・支配しているものであるところ,被控訴人が,本件システムを用いて行っている送信は,被控訴人に申込みを行い,ベースステーションを送付してくる不特定又は多数の者(利用者)に対して行われているものであるから,送信可能化行為に該当するとも主張する。
しかしながら,上記のとおり,本件サービスにおいて,利用者の専用モニター又はパソコンに対する送信は,各ベースステーションから,各利用者が発する指令により,当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対してのみなされる(各ベースステーションにおいて,テレビアンテナを経て流入するアナログ放送波は,当該利用者の指令によりデジタルデータ化され,当該放送に係るデジタルデータが,各ベースステーションから当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対してのみ送信される)ものである。そうすると,本件システムにおいて,各ベースステーションへのアナログ放送波の流入に関わるテレビアンテナ,アンテナ線,分配機,ブースター等,また,各ベースステーションからのデジタル放送データをインターネット回線に接続することに関わるLANケーブル,ルーター等は,それぞれが本来は別個の機器であるとしても,その接続関係や役割に有機的な関連性があるということができ,これらを一体として一つの「装置」と考える契機がないとはいえない。しかしながら,本件サービスに係るデジタル放送データの送信の起点となるとともに,その送信の単一の宛先を指定し,かつ送信データを生成する機器であるベースステーションは,本件システム全体の中において,複数のベースステーション相互間に何ら有機的な関連性や結合関係はなく(例えば,利用者との契約の終了等により,あるベースステーションが欠落したとしても,他のベースステーションには何らの影響も及ぼさない。),かかる意味で,個々のベースステーションからの送信は独立して行われるものであるから,本来別個の機器である複数のベースステーションを一体として一つの「装置」と考える契機は全くないというべきである。
したがって,控訴人らの上記主張は,複数のベースステーションを含めて一つの「装置」と理解する前提において失当というべきである。
(4) [省略]
(5) 以上のほか,被控訴人が本件システムによって行う本件サービスにおいて,自動公衆送信装置に該当すると認められるものが使用されているとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると,上記のとおり,「送信可能化」は,自動公衆送信装置の使用を前提とするものであるから,その余の点につき判断するまでもなく,本件サービスにおいて,被控訴人が本件放送の送信可能化行為を行っているということはできない。
4 争点3(本件サービスにおいて,被控訴人は本件著作物の公衆送信行為を行っているか)について
(1) 控訴人らは,本件サービスにおいて,被控訴人は,①多数のベースステーションを被控訴人の事業所に設置した上で,②これら多数のベースステーションに電源を供給,起動して,ポート番号の変更などの必要な各種設定を行い,③テレビアンテナで受信した本件番組をこれら多数のベースステーションに供給するために,被控訴人が調達したブースターや分配機を介した有線電気通信回線によってテレビアンテナとこれら多数のベースステーションを接続し,④被控訴人が調達し,被控訴人において必要な設定を行ったルーター,LANケーブル及びハブを経由して,被控訴人の調達した接続回線によりこれら多数のベースステーションをインターネットに接続し,⑤以上のような状態を維持管理する行為を行っており,被控訴人による上記①ないし⑤の行為により実現される本件番組のテレビアンテナから不特定多数の利用者までの送信全体は,公衆によって直接受信されることを目的としてなされる有線電気通信の送信として,公衆送信行為に該当すると主張し(以下「公衆送信行為の主張A」という。),また,本件サービスにおいて,被控訴人が,テレビアンテナで受信した本件番組を多数のベースステーションに供給するために,テレビアンテナに接続された被控訴人事業所のアンテナ端子からの放送信号を被控訴人が調達したブースターに供給して増幅し,増幅した放送信号を被控訴人が調達した分配機を介した有線電気通信回線によって多数のベースステーションに供給していること自体が,公衆送信行為に該当するとも主張する(以下「公衆送信行為の主張B」という。)。
著作権法23条1項は,「著作者は,その著作物について,公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。」と規定するところ,控訴人らの公衆送信行為の主張A,Bは,被控訴人の上記行為が,本件番組についての控訴人らの同項所定の権利(公衆送信権)を侵害するというものである。
(2)ア ところで,著作権法において「公衆送信」とは,公衆(不特定又は特定多数の者)によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信を行うことをいうものであり(2条1項7号の2),同項は,公衆送信の種類として,「放送」(同項8号),「有線放送」(同項9号の2),「自動公衆送信」(同項9号の4)を定めている(ただし,「公衆送信」がこの3種類に限られるということではない。)。
しかるところ,控訴人らの公衆送信行為の主張Aが,ベースステーションから利用者までの送信に着目して,「自動公衆送信」である公衆送信行為に当たるとするものであれば,上記3で説示したとおり,本件サービスにおいて個々のベースステーションは自動公衆送信装置に当たらず,また,本件サービスに係るシステム全体を一つの「装置」と見て自動公衆送信装置に当たるということもできないのであるから,本件サービスにおける各ベースステーションからの送信が「自動公衆送信」である公衆送信行為に該当せず,各ベースステーションについて「送信可能化」行為がなされているともいえないことは明らかであり,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,失当である。
イ 仮に,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,本件サービスにおいて放送番組を利用者に送信している主体が被控訴人であることを前提として,本件サービスを,被控訴人が,テレビアンテナで受信した本件番組を,ブースター,分配機,ベースステーション,ハブ等を経てインターネットにより,多数の利用者に対し送信するものと捉え,これが「有線放送」である公衆送信行為に当たると主張するものであるとしても,以下のとおり,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは失当である。
4 争点3(本件サービスにおいて,被控訴人は本件著作物の公衆送信行為を行っ
ているか)について
(1) 控訴人らは,本件サービスにおいて,被控訴人は,①多数のベースステーションを被控訴人の事業所に設置した上で,②これら多数のベースステーションに電源を供給,起動して,ポート番号の変更などの必要な各種設定を行い,③テレビアンテナで受信した本件番組をこれら多数のベースステーションに供給するために,被控訴人が調達したブースターや分配機を介した有線電気通信回線によってテレビアンテナとこれら多数のベースステーションを接続し,④被控訴人が調達し,被控訴人において必要な設定を行ったルーター,LANケーブル及びハブを経由して,被控訴人の調達した接続回線によりこれら多数のベースステーションをインターネットに接続し,⑤以上のような状態を維持管理する行為を行っており,被控訴人による上記①ないし⑤の行為により実現される本件番組のテレビアンテナから不特定多数の利用者までの送信全体は,公衆によって直接受信されることを目的としてなされる有線電気通信の送信として,公衆送信行為に該当すると主張し(以下「公衆送信行為の主張A」という。),また,本件サービスにおいて,被控訴人が,テレビアンテナで受信した本件番組を多数のベースステーションに供給するために,テレビアンテナに接続された被控訴人事業所のアンテナ端子からの放送信号を被控訴人が調達したブースターに供給して増幅し,増幅した放送信号を被控訴人が調達した分配機を介した有線電気通信回線によって多数のベースステーションに供給していること自体が,公衆送信行為に該当するとも主張する(以下「公衆送信行為の主張B」という。)。
著作権法23条1項は,「著作者は,その著作物について,公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては,送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。」と規定するところ,控訴人らの公衆送信行為の主張A,Bは,被控訴人の上記行為が,本件番組についての控訴人らの同項所定の権利(公衆送信権)を侵害するというものである。
(2)ア ところで,著作権法において「公衆送信」とは,公衆(不特定又は特定多数の者)によって直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信を行うことをいうものであり(2条1項7号の2),同項は,公衆送信の種類として,「放送」(同項8号),「有線放送」(同項9号の2),「自動公衆送信」(同項9号の4)を定めている(ただし,「公衆送信」がこの3種類に限られるということではない。)。
しかるところ,控訴人らの公衆送信行為の主張Aが,ベースステーションから利用者までの送信に着目して,「自動公衆送信」である公衆送信行為に当たるとするものであれば,上記3で説示したとおり,本件サービスにおいて個々のベースステーションは自動公衆送信装置に当たらず,また,本件サービスに係るシステム全体を一つの「装置」と見て自動公衆送信装置に当たるということもできないのであるから,本件サービスにおける各ベースステーションからの送信が「自動公衆送信」である公衆送信行為に該当せず,各ベースステーションについて「送信可能化」行為がなされているともいえないことは明らかであり,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,失当である。
イ 仮に,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,本件サービスにおいて放送番組を利用者に送信している主体が被控訴人であることを前提として,本件サービスを,被控訴人が,テレビアンテナで受信した本件番組を,ブースター,分配機,ベースステーション,ハブ等を経てインターネットにより,多数の利用者に対し送信するものと捉え,これが「有線放送」である公衆送信行為に当たると主張するものであるとしても,以下のとおり,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは失当である。
すなわち,「有線放送」とは「公衆送信のうち,公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信」をいうものである(著作権法2条1項9号の2)。しかるところ,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(1),(2))のとおり,本件サービスは,利用者をして希望する本件放送を視聴できるようにすることを目的とし,利用者は,任意にベースステーションとの接続を行った上,希望するチャンネルを選択して視聴する放送局を切り替えることができ,上記3の(1)のとおり,ベースステーションからの送信は,各利用者の指令により,当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対してなされる(各ベースステーションにおいて,テレビアンテナを経て流入するアナログ放送波がデジタルデータ化され,各ベースステーションから当該利用者が設置している専用モニター又はパソコンに対して送信される)ものである。被控訴人において,個別に各利用者の専用モニター又はパソコンに対してデジタルデータを送信するかどうかを決定することがないことはもとより,各利用者によるその決定に関与することもない。
そうすると,被控訴人の事業所内にある各ベースステーションから対応する各利用者の専用モニター又はパソコンに対するデジタルデータの送信の有無は,完全に各利用者に依存しているものである。もっとも,多数の利用者がそれぞれ個別に指令を発し,結果的に同時に同一のデジタルデータを受信する状態となることは当然にあり得るところであるが,上記のとおり,被控訴人自身は,各利用者の専用モニター又はパソコンに対してデジタルデータを送信するかどうかの決定に関与していないのであって,このような被控訴人をもって,「公衆によって同一の内容の送信が同時に受信されることを目的として行う有線電気通信の送信」である有線放送に係る,その送信の主体ということができないことは明らかである。
したがって,控訴人らの公衆送信行為の主張Aは,その「公衆送信行為」が有線放送を意図するものであるとしても,失当であるといわざるを得ない。
(3) ア,イ[省略]
ウ 控訴人らの主張するとおり,本件サービスにおいて,被控訴人は,①多数のベースステーションを被控訴人の事業所に設置した上で,②これら多数のベースステーションに電源を供給,起動して,ポート番号の変更などの必要な各種設定を行い,③テレビアンテナで受信した本件番組をこれら多数のベースステーションに供給するために,被控訴人が調達したブースターや分配機を介した有線電気通信回線によってテレビアンテナとこれら多数のベースステーションを接続し,④被控訴人が調達し,被控訴人において必要な設定を行ったルーター,LANケーブル及びハブを経由して,被控訴人の調達した接続回線によりこれら多数のベースステーションをインターネットに接続し,⑤以上のような状態を維持管理する行為を行っているものであり,これらの行為によって,テレビアンテナで受信した本件番組に係るアナログ放送波は,有線電気通信回線を経由して各ベースステーションに流入しているところ,上記アにおいて述べた「送信」及び「受信」の一般的意義を前提とすれば,本件番組に係るアナログ放送波をテレビアンテナから有線電気通信回線を介して各ベースステーションにまで送ることは,著作権法2条1項7号の2の「有線電気通信の送信」に該当し,各ベースステーションが上記アナログ放送波の流入を受けること自体は同号の「受信」に該当するというべきである。そして,上記「有線電気通信の送信」の主体が被控訴人であることは明らかである。
しかるところ,控訴人らは,原判決が採用するベースステーションにおいて受送信を行っている主体は各利用者であるとの論法を前提とするならば,本件サービスにおいて,被控訴人は,各利用者が利用する受信装置であるベースステーションまで本件放送を送信しているのであるから,本件サービスにおける被控訴人によるアンテナからベースステーションまでの間の送信行為は,「公衆に直接受信されることを目的と」するものであると主張する。そして,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(3))のとおり,平成19年7月29日現在の本件サービスの利用者は74名であり,被控訴人の事業所内に設置されているベースステーションの台数も74台であるところ,仮に各ベースステーションで上記アナログ放送波を受信する主体が各利用者であれば,上記人数に徴して,テレビアンテナから各ベースステーションへの上記アナログ放送波の送信は,特定多数の者(すなわち公衆)によって受信されることを目的とする有線電気通信の送信であるということができる。
しかしながら,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(1),(3))のとおり,ベースステーションは,テレビチューナーを内蔵しており,対応する専用モニター又はパソコン等からの指令に応じて,テレビアンテナから入力されたアナログ放送波をデジタルデータ化して出力し,インターネット回線を通じて,当該専用モニター又はパソコン等にデジタル放送データを自動的に送信するものであり,各利用者は,専用モニター又はパソコン等から接続の指令をベースステーションに送り,この指令を受けてベースステーションが行ったデジタル放送データの送信を専用モニター又はパソコン等において受信することによって,はじめて視聴等により本件番組の内容を覚知し得る状態となるのである。すなわち,被控訴人がテレビアンテナから各ベースステーションに本件番組に係るアナログ放送波を送信し,各利用者がそれぞれのベースステーションにおいてこれを受信するだけでは,各利用者(公衆の各構成員)が本件番組を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態にはならないのである。
そうすると,被控訴人の上記送信行為が「公衆によって直接受信されること」を目的とするものであるということはできず,したがって,これをもって公衆送信(有線放送)ということはできないから,控訴人らの公衆送信行為の主張Bは失当であるといわざるを得ない。
エ 控訴人らは,法律上,行為について「間接」の語を用いるときは,他人が間に介在することを意味するものであるところ,本件サービスにおいては,アンテナからベースステーションまでに「有線電気通信の送信」を行っているのは被控訴人であり,原判決によれば,当該有線電気通信の送信をベースステーションで受信し,ベースステーションから各利用者のパソコンまで送信している主体は各利用者なのであるから,被控訴人と各利用者の間の有線電気通信の送信に他人は介在していないと主張する。この主張は,要するに,著作権法2条1項7号の2の「公衆によって直接受信されること」とは,送信者から受信者である公衆までの送信の経路に他人(第三者)が介在しないことをいうものであるとの趣旨と解されるが,著作権法2条1項7号の2の「公衆によって直接受信されること」とは,上記のとおり,公衆(不特定又は多数の者)に向けられた送信を受信した公衆の各構成員が,著作物を視聴等することによりその内容を覚知することができる状態になることをいうものと解すべきものである。
仮に,控訴人らの主張のとおり,送信者から受信者である公衆までの送信の経路に第三者が介在しないことが,公衆送信の要件であるとすれば,例えば,難視聴解消のためのケーブルテレビによるテレビ放送の同時再送信(これが公衆送信に当たることは,控訴人らが積極的に主張するところである。)において,アンテナで受信した放送信号をブースターで増幅し,増幅した放送信号を何段階かにわたり分配器で分配して,最終的に各家庭のテレビまで送信する過程で,第三者であるケーブル業者が,第1段階の分配直前の位置で電気通信回線を設置管理しているような場合には,すべての受信者による受信につき,送信の経路で第三者であるケーブル業者が介在していることになり,同時再送信者が当該ケーブル業者の関与を把握している限り,公衆送信の要件を充たさないということになりかねないが,第三者であるケーブル業者の設置管理する電気通信回線が,何段階かの分配を経て分岐された肢の一つにあるような場合であって,他の肢を経由する送信(第三者の介在しない送信)の受信者だけでも公衆といい得る程度に多数であるようなときは,なお公衆送信の要件を満たすことになる。しかしながら,このように,ある送信が,ケーブル業者の関与の形態によって,公衆送信となったりならなかったりするという事態が生ずることが,著作権法の解釈として不合理なものであることは明らかである。同様に,控訴人らの主張に従えば,第三者であるネットワーク・プロバイダーが送信を仲介することが想定されているインターネット回線を利用した送信は,公衆送信に含まれ得ないことにもなりかねないが,そのような解釈も不合理なものであるといわざるを得ない(なお,控訴人らは,ネットワーク・プロバイダーについて,情報の流通過程に,当該著作物等の本来的な送信者と扱われるべき者が存在し,その者が受信者に向けての直接の送信者となると解されるため,たとえ著作権法2条1項9号の5イ及びロに掲げる行為を形式的に行っていても,独立した送信行為者とは解されないと主張するところ,同項7号の2の「公衆によって直接受信されること」との関係においても,同様に,当該著作物等の本来的な送信者が存在するために,たとえネットワーク・プロバイダーが情報の流通過程で送信を仲介したとしても,独立した送信行為者とは解されず,情報の流通過程に介在したことにはならないと主張するのであれば,その主張に係る「本来的な送信者」とか「独立した送信行為者」等の意義が不明確であり(例えば,難視聴解消のためのケーブルテレビによるテレビ放送の同時再送信においても,控訴人らの論法を借りれば,「本来的な送信者」としかいいようのない放送事業者(控訴人らのようなテレビ局)が存在するのであるから,ケーブルテレビ事業者は,たとえ情報の流通過程で送信を仲介したとしても,独立した送信行為者ではない,という言い方さえ可能となりかねない。),結局,「公衆によって直接受信される」ものであるかどうかの判断に恣意的な要素を持ち込むものといわざるを得ない。)。そもそも,伝達経路が多段階にわたることが想定される現代の送信において,「公衆送信」に当たるか否かが,公衆によって受信されるまでの間に第三者が介在しないか否かによって決まるものとすれば,公衆に対する最終段階の送信者(介在者)のみが公衆送信者たり得ることとなるが,そのような解釈の結果が一般的に合理性を有するとは解されないし,また,公衆送信者の特定に困難を生ずることになる。まして,最終段階の送信者が「独立した送信行為者」であり,「介在」したといえるのかどうかを個別に判断することを要するとすれば,その困難は更に倍増することは明らかである。
したがって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
(4) 控訴人らは,放送対象地域外に放送が再送信されないようにすることは,著作権法によって保護されるべき著作者の正当な利益であり,放送対象地域外に所在する者(利用者)に放送を同時再送信することを本質とする本件サービスは,著作権法が公衆送信権により保護しようとしている著作者等の正当な利益を害する実質的に違法なサービスであると主張する。
しかしながら,上記2(原判決「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」の「2 事実認定」の(1))のとおり,海外等,本件放送の放送地域外において,本件放送を視聴することができるということは,ベースステーションを含むロケーションフリーが本来的に有する機能(NetAV機能)によるものであるところ,本件において,控訴人らから,ロケーションフリーの上記機能を用いること自体が,一般的に控訴人らの公衆送信権を侵害するものであるとの主張はなく,多数のロケーションフリー(ベースステーション)をシステムの構成要素とする本件サービスを行うことが控訴人らの公衆送信権を侵害するものであるか否かが,本件の争点である。そして,著作権法は,多数の者に対する多段階にわたる伝達が発生し得るアナログ放送波やデジタルデータ等に係る送信行為のうち,一定の要件を満たす特定の行為を公衆送信(送信可能化を含む。)と定め,著作者がこれを行う権利を専有するとしているものであって,著作権法が公衆送信権により保護しようとしている著作者等の正当な利益は,もとよりこの範囲内に存するものである。
しかるところ,被控訴人の行う本件サービスが著作権法の定める公衆送信の要件を満たさないことは,既に述べたとおりであり,公衆送信の概念を拡張又は類推して本件サービスが実質的に違法であると判断するようなことは,公衆送信権の侵害が犯罪を構成する(著作権法119条1項)ことに照らしても,正当ではない。
また,控訴人らは,ベルヌ条約11条の2(1)項(ii)は,著作者に対して,放送された著作物を原放送機関以外の機関が有線又は無線で公に伝達することについての排他的権利を与えており,本件サービスを公衆送信行為に該当するものと解することがベルヌ条約上の要請であると主張する。
しかしながら,ベルヌ条約の同条項は,「文学的及び美術的著作物の著作者は,次のことを許諾する排他的権利を享有する。・・・(ii) 放送された著作物を原放送機関以外の機関が有線又は無線で公に伝達すること。・・・」と規定しているところ,ベルヌ条約の規定を害することがないものとして規定されるWIPO条約8条の規定を踏まえた場合に,著作権法2条1項7号の2の「公衆によって直接受信されることを目的として」との要件の意義を検討した結果,本件サービスにおける被控訴人の行為が公衆送信に当たらないものと判断されることは,上記のとおりであるから,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
(5) 以上のとおりであるから,控訴人らが本件番組についてそれぞれ著作権を有するとしても,本件サービスにおいて,被控訴人が本件著作物の公衆送信行為を行っているということはできない。
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