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2008年12月 3日 (水曜日)

成功と失敗

CNETに,Microsoft主催で開催された「2008 School of the Future World Summit」というイベントに関する下記のような記事が出ていた。その記事の内容は,Michael Horn氏の講演要旨だ。

 DECはなぜ滅び、アップルはなぜ成功したのか--ビジネスと教育のありを考える
 CNET Japan: 2008/12/03
 http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20384658,00.htm

ほとんど陳腐で新味のない内容なのだが,一箇所だけ自己矛盾があると思った部分があり,興味をもった。

すなわち,Horn氏は,一方では,「教育においても、顧客のいない場所に注目することが大切なのだ」と語っておりながら,他方では,eラーニングの可能性について触れ,「この調子で伸びていくと、10年後には授業の半数をオンラインで提供することになる」と述べている。

一見もっともらしい。

しかし,よく考えてみると少しおかしい。

これまで,幾多のチャレンジがなされてきたe-ラーニングはさんざん失敗を繰り返してきた。その最大の原因は,そんなに多くのコンテンツを生産することができないというところにあったと考えられる。仮にe-ラーニング用の良いコンテンツの生産に成功したとしても,すぐにライバル企業に真似され,陳腐化してしまう。また,仮に同一のe-ラーニングを非常に多数の学生が受けることになると,そのシステムに基づくトレーニングによって,結局,それらの学生の間に何らの差もないような状態が形成される。要するに,学生は「標準化」されてしまうことになる。しかし,そのような学生が社会人になろうとする時点で,企業経営者(人事担当者)は,そのように標準化された就職希望者に対してあまり興味をもつことができないというのが普通だ。

自己が他者よりも相対的に優位であるような状態に導くための何らかの手段を発見するのでなければ,単に「その他大勢」の一員になってしまうだけだ。「標準的な教育」なるものの欺瞞性と最大の弱点はここにある。

要するに,これまでもe-ラーニングビジネスへのチャレンジはいくらでもあったのだけれど,そのような失敗の結果として,e-ラーニングの世界に顧客がいなくなり,投資もされなくなってしまったのであって,これまでその領域に顧客が存在しなかったのではない。

また,仮にこれまで顧客がいなかったけれども将来有望そうな領域が存在し,現にその領域の市場が成長しつつあったとしても,教育を受ける子供達が成長して社会に出るころにはその市場が既に飽和状態になってしまっており,あるいは,衰退期に入ってしまっているかもしれない。

そう考えてみると, Horn氏は,本来であれば,「子供達がめざすべきなのは,現在繁栄しているビジネスではないし,今後成長が期待されるビジネスでもない。まだ誰も気付いていない領域に属するビジネスしか成長の可能性はない。」という具合に論理を勧めるべきだったのだろうと思う。しかし,実際にはそうではないというあたりが「自己矛盾の言動だ」と私は思ったのだ。

どちらにしても,未来のことは誰にも分からない。

だからこそ,人生をかけてみる価値というものがあるのだろうと思う。

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