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2008年12月12日 (金曜日)

情報ネットワーク法学会に参加して思ったこと

先週,東京電気大学を会場にして情報ネットワーク法学会の総会と研究大会があった。私は,午前中は主に第1会場における研究報告を聴き,午後は,基調講演と招待講演を聴いた後,主に第2会場で研究報告とパネルディスカッションを聴いた。面白い研究報告や講演などがぎっしりつまっていてとても勉強になった。

 情報ネットワーク法学会
 http://www.in-law.jp/

その午前の部の研究報告で強く印象に残ったことが2つある。

1つは,IPv6の導入が法解釈論に及ぼす影響だ。

高橋郁夫弁護士による通信の秘密に関する研究報告の際,小向太郎氏から質問があった。その質問の要点は,IPv6が導入されると,IPアドレスの割り当てが固定的なものとなる可能性があることから,これまでの動的なIPアドレスの割り当てが普通である状況とは異なり,あたかもIPアドレスが固定電話の電話番号と同じような意味で,通信当事者を自動的に識別させてしまうような機能を有することになり,結果として,「通信当事者が誰であるのか」という点に関する限り,「通信の秘密」の解釈論も大きく変えざるを得ないのではないかということだった。

非常に鋭く正しくセンスの良い質問だと思う。

現時点の電気通信事業法の解釈論として,電気通信事業者はIPアドレスに関する情報を含むトラフィックデータを取得しなければ通信の媒介それ自体が不可能となってしまうことから(←宛先情報を取得しなければ郵便局員が郵便物を配達できないのと同じ。),トラフィック情報を取得する行為が「通信の秘密」を侵害することは法理論上あり得ないことであり,ただ,電気通信事業者は取得した情報を外部に漏らしてはならないという守秘義務を負っていることから,この守秘義務違反があれば通信の秘密を侵害したことになると解されることになる。

しかし,IPv6が導入されると,上記解釈論のうち守秘義務の範囲が根本的に変動してしまう可能性が非常に高い。

IPv6は,主に法の何たるかを全く知らない技術者によって開発されてきたものであるので,その法的課題については全くと言ってよいほど何も研究されていないような状態にある。今後,この分野に関する法学研究が大いに進展することを期待したい。

2つ目は,量子コンピュータ。

国立情報学研究所の井上理穂子による研究報告の際,ちょっと興味があったので,同研究所で研究が進められている量子コンピュータ(量子通信)との関係で著作権法の解釈がどうなるかについて質問してみた。

私の質問の要点は,量子コンピュータによるデータ移動の方式は,これまでの普通のコンピュータシステムにおけるデータ転送が実際には何も転送することなく写像を構成するだけ(つまり,受信先のファイル領域に複製を作成するだけ)であるのに対し,実質的に一定の電子状態を移動させるようなかたちでのデータ移転が行われるようになる可能性があり,物体の移動に近い状態が実現することになるかもしれないことから,これまでの著作権法の解釈論の通説的理解とは異なり,量子コンピュータ(量子通信)ではデータの「無形利用」ではなく「有形利用」として理解するか,あるいは,無形利用でも有形利用でもない第三の利用形態として理解するか,そのいずれでかになるのではないかということにあった。

実は,私自身,この問題についての回答を持っていない。井上理穂子氏からの回答も今後研究してみるということだった。

量子コンピュータ(量子通信)は,現時点では,まだ理論上存在するだけのものとして認識・理解されているかもしれない。しかし,実用化の目処がたてば,あっという間に最もトレンディな製品またはサービスとして世界を席巻してしまい,あっという間に世界中に普及してしまう可能性が大きい。

とかく,「法学とは現実に何か事件が起きてしまってから対応策を考えることだ」と理解されがちだし,きちんとした法学教育を受けていない者や,受験勉強としての法学しか勉強したことのない者の間ではそのような根本的に間違った認識・理解のほうがむしろ一般的かもしれない。しかし,そのような認識・理解は完全な誤りなので,根本から改めなければならない。本当は,事前に問題点を把握し,一般モデルを構築し,予め合理的な解決策を検討しておき,それを提案することは法学において非常に重要な部分をなしている。

この分野についても,今後多いに研究が進められるべきだろうと思う。

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