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2008年12月14日 (日曜日)

銀行が保有する顧客情報につき,当該文書については守秘義務はないとして,文書提出命令が是認された事例(最高裁平成20年(許)18号許可抗告事件決定)

A株式会社に対して売掛代金債権を有していた者(原告・許可抗告事件相手方)が,民事再生手続開始決定を受けたA株式会社のメインバンク(被告・許可抗告事件抗告人)に対して提起していた不法行為に基づく損害賠償請求訴訟(東京地方裁判所平成17年(ワ)第12920号損害賠償請求事件)において,抗告人が保有する文書につき文書提出命令を申し立てた事案について,東京高等裁判所が申立を却下決定をしたことから,相手方は抗告申立をした。

最高裁は,この抗告を理由あるものとして認め,東京高等裁判所に抗告事件を差し戻した。

差し戻し後の抗告事件(平成19年(ラ)1724号)について,東京高等裁判所は,相手方が申し立てた文書提出命令の一部を認容し,一部を却下する決定をした。

そこで,抗告人は,同差し戻し後の抗告事件決定のうち申立認容部分の文書についても申立却下すべきであるとして,再度抗告を申し立てた。その理由とするところは,相手方が保有する文書については守秘義務があるということに尽きる。

この抗告事件について,最高裁は,次のように決定し,抗告人の申立を却下した。

 最高裁平成20年(許)18号文書提出命令に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081128114749.pdf

この最高裁決定により,差し戻し後の東京高裁が一部認容した文書提出命令が確定したことになる。

抗告人(被告)は,相手方(原告)に対し,信用状況等をどのように評価していたのかが分かってしまうと業務遂行に差し支えがあると主張し,その評価のためのノウハウについて守秘義務があると主張していた。しかし,最高裁は,経営破綻した金融機関(A株式会社)が経営破綻前に有していた顧客情報を記録した文書については,それを当該顧客に対して開示したとしても,そのメインバンクであり経営支援を表明していた抗告人(被告)にとって不利益があるとはいえない等の理由で,本件抗告を却下した。

本件最高裁決定における決定理由中の重要部分は,次のとおりである。

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(1) 本件非公開財務情報部分の提出義務について
 金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報について,商慣習上又は契約上の守秘義務を負うものであるが,上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟の当事者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客が上記民事訴訟の受訴裁判所から同情報の開示を求められればこれを開示すべき義務を負う場合には,当該顧客は同情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において同情報を開示しても守秘義務には違反しないと解するのが相当である(最高裁平成19年(許)第23号同年12月11日第三小法廷決定・民集61巻9号3364頁参照)。民訴法220条4号ハにおいて引用される同法197条1項3号にいう「職業の秘密」とは,その事項が公開されると,当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうが(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照),顧客が開示義務を負う顧客情報については,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由としてその開示を拒絶することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,職業の秘密として保護されるものではないというべきである。
 本件非公開財務情報は,Aの財務情報であるから,抗告人がこれを秘匿する独自の利益を有するものとはいえない。そこで,本件非公開財務情報についてAが本案訴訟の受訴裁判所からその開示を求められた場合にこれを拒絶できるかをみると,Aは民事再生手続開始決定を受けているところ,本件非公開財務情報は同決定以前のAの信用状態を対象とする情報にすぎないから,これが開示されても同社の受ける不利益は通常は軽微なものと考えられること,相手方らはAの再生債権者であって,民事再生手続の中で本件非公開財務情報に接することも可能であることなどに照らせば,本件非公開財務情報は,それが開示されても,Aの業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるとはいえないから,職業の秘密には当たらないというべきである。したがって,Aは,民訴法220条4号ハに基づいて本件非公開財務情報部分の提出を拒絶することはできない。また,本件非公開財務情報部分は,少なくとも抗告人等の金融機関に提出することを想定して作成されたものと解されるので,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書とはいえないから,Aは民訴法220条4号ニに基づいて同部分の提出を拒絶することもできず,他に同社が同部分の提出を拒絶できるような事情もうかがわれない。
 そうすると,本件非公開財務情報は,抗告人の職業の秘密として保護されるべき情報に当たらないというべきであり,抗告人は,本件非公開財務情報部分の提出を拒絶することはできない。

(2) 本件分析評価情報部分の提出義務について
 文書提出命令の対象文書に職業の秘密に当たる情報が記載されていても,所持者が民訴法220条4号ハ,197条1項3号に基づき文書の提出を拒絶することができるのは,対象文書に記載された職業の秘密が保護に値する秘密に当たる場合に限られ,当該情報が保護に値する秘密であるかどうかは,その情報の内容,性質,その情報が開示されることにより所持者に与える不利益の内容,程度等と,当該民事事件の内容,性質,当該民事事件の証拠として当該文書を必要とする程度等の諸事情を比較衡量して決すべきものである(最高裁平成18年(許)第19号同年10月3日第三小法廷決定・民集60巻8号2647頁参照)。
 一般に,金融機関が顧客の財務状況,業務状況等について分析,評価した情報は,これが開示されれば当該顧客が重大な不利益を被り,当該顧客の金融機関に対する信頼が損なわれるなど金融機関の業務に深刻な影響を与え,以後その遂行が困難になるものといえるから,金融機関の職業の秘密に当たると解され,本件分析評価情報も抗告人の職業の秘密に当たると解される。
 しかし,本件分析評価情報は,前記のとおり民事再生手続開始決定前の財務状況,業務状況等に関するものであるから,これが開示されてもAが受ける不利益は小さく,抗告人の業務に対する影響も通常は軽微なものであると考えられる。一方,本案訴訟は必ずしも軽微な事件であるとはいえず,また,本件文書は,抗告人と相手方らとの間の紛争発生以前に作成されたもので,しかも,監督官庁の事後的検証に備える目的もあって保存されたものであるから,本件分析評価情報部分は,Aの経営状態に対する抗告人の率直かつ正確な認識が記載されているものと考えられ,本案訴訟の争点を立証する書証としての証拠価値は高く,これに代わる中立的・客観的な証拠の存在はうかがわれない。
 そうすると,本件分析評価情報は,抗告人の職業の秘密には当たるが,保護に値する秘密には当たらないというべきであり,抗告人は,本件分析評価情報部分の提出を拒絶することはできない。

(3) 民訴法223条6項の手続について
 抗告人は,本件文書には査定方法における抗告人独自の工夫が記載されていることを前提に,これは職業の秘密に当たるとも主張する。この点,原審は,民訴法223条6項に基づいて本件文書を提示させた上でこれを閲読し,本件文書に記載された査定方法における抗告人の工夫の独自性,価値は限定的なものであって,特別な保護を与えるべきノウハウとはいえないと認定したものであるところ,同項の手続は,事実認定のための審理の一環として行われるもので,法律審で行うべきものではないから,原審の認定が一件記録に照らして明らかに不合理であるといえるような特段の事情がない限り,原審の認定を法律審である許可抗告審において争うことはできないものというべきである。抗告人の上記主張は,上記特段の事情を主張するものではなく,採用することができない。

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情報の開示を求めることのできる裁判上の手続にはいろいろなものがある。事例としては,文書提出命令事件,行政庁または地方自治体が保有する個人情報の開 示請求の事例などが多い。そして,例えば,学校における内申書においても「どのように評価をしているのか」が当該評価を受ける者に分かってしまうと業務遂 行上で支障が生ずるとの主張が提出されることがしばしばある。しかし,一般に,当該個人に対して正当な評価がなされている場合にはその評価手法等が判明し てしまったとしても当該評価業務の遂行に支障が発生するような事態が生ずるとは考え難い。現に,これまで裁判所から情報の開示を命ぜられた事例について, 開示後における業務遂行に支障が生じたという事例は皆無であるように思われる。ただし,この点に関して正確な統計や調査結果等は存在しない。

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