知的財産高等裁判所平成20年12月10日判決(平成19年(行ケ)第10389号審決取消請求事件)
マイクロソフトが日本国の特許庁に対して特許出願していた「質疑応答方法,および自動遠隔診断方法」という発明について,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたため,同審決の取消しを求めていた事件について,知的財産高等裁判所は,平成20年12月10日,「特許庁が不服2004-17884号事件について平成19年7月9日にした審決を取り消す。」との審決取消の判決をした。
知的財産高等裁判所平成20年12月10日判決(平成19年(行ケ)第10389号審決取消請求事件)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081212103309.pdf
この事件における争点は2つある。一つは引用発明と出願発明との間に相違点があるかどうかであり,もう一つは,周知技術から当業者が想到することが容易であるかどうかである。
判決理由中の重要部分は,次のとおりであるが,要するに,特許庁における審査が不十分であるとして審査のやり直しを命じた判決である。
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2 取消事由1(相違点の看過)について
(3) 以上を踏まえて,本願発明と引用文献1記載発明との対比につき検討する。
ア 本願発明における「問いかけのセット」は,前記(1)カのとおり階層的仕組みを用いた一群の問いかけを意味するものであるところ,引用文献1記載発明におけるガイドリストは,大見出し項目を細分類した各項目にそれぞれ選択コードを付したものであり,これに基づいて顧客が所要の選択コードを順繰りに入力して細項目まで指定することができるものであるから,実質的にみれば階層的仕組みを用いた一群の問いかけということができ,本願発明の「問いかけのセット」に相当する。
イ 他方,本願発明における「データベースエントリ」は,他のユーザが以前に出会った問題から成る,データベースに記憶されているひとかたまりのデータ単位を意味するものであり,ユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新されるものである。
(ア) これに対し,引用文献1記載発明のうち,サービスセンターに設けられたサービス情報管理ボックスに記憶されるのは,①ガイドリスト,②顧客操作マニュアル及びガイドリストに記載された各選択コードに対応して予め記憶される回答,③顧客からの質問,相談を音声情報又は画像情報として受け付けた場合の当該質問等及びこれに対するコンサルタントの回答などである。
(イ) このうち,上記②には,他のユーザが以前に出会った問題に対する回答も一部には含まれうるものの,それ以外の一般的な質問等に対する回答と混在していると考えられ,他のユーザが以前に出会った問題がひとかたまりのデータ単位として存在しているとはいえない。
(ウ) また,上記③は,コンサルタントに質問等を送信しあるいは顧客に回答を送信するまでの間の保管としてサービス情報管理ボックスに一時的に記憶されるものであって,顧客からの質問等はコンサルタントに送信された後に消去され,コンサルタントの回答は顧客に送信された後に消去される(引用文献1〔甲6〕,段落【0032】,【0034】参照)。このように,上記質問等及び回答は,他のユーザが以前に出会った問題から成るものとはいえず,また,ユーザが新たな問題に出会うと,その問題に関する質問等がコンサルタントに送信され,これに対する回答が顧客に送信されるまでの間,それぞれ一時的に記憶されるものであるにすぎないという点で,本願発明における「データベースエントリ」とは異なるものである。
ウ また,本願発明における「問いかけのセット」と「データベースエントリ」との関係は,上記のとおり,他のユーザが以前に出会った問題から成る「データベースエントリ」から選択されるデータが「問いかけのセット」の少なくとも一部を成すというものであって,「データベースエントリ」がユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新されることにより,その更新された内容が「問いかけのセット」の一部として選択されることが可能となるものである。
(ア) これに対し,引用文献1記載発明において顧客操作マニュアル及びガイドリストに記載された各選択コードに対応して予め記憶される回答は,ガイドリストに記載された各項目の質問等にそのまま対応するものであって,上記回答からデータを選択してガイドリストの一部とするという関係にはない。
(イ) また,引用文献1記載発明において音声情報又は画像情報として受け付けた顧客からの質問,相談及びこれに対するコンサルタントの回答は,上記のとおりサービス情報管理ボックスに一時的に記憶されるものであってコンサルタント又は顧客に送信された後に消去されるものであるから,他のユーザが以前に出会った問題に関する質問等及び回答のデータがガイドリストの一部を成すものとして選択されるとはいえず,また,ユーザが出会った新たな問題に関する質問等及び回答がガイドリストの一部として選択されることが可能なものともいえない。
(4) 以上を踏まえて,原告が主張する相違点A~Cの看過の有無について検討する。
ア原告の主張する相違点Aにつき
原告の主張は要するに,本願発明における「データベースエントリ」はユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新されるものであるのに対し,引用文献1記載発明はこのような構成を有していないというものである。
この点に関して審決は,相違点3として「データベースエントリについて,本願発明では,少なくとも一部に,他のユーザが以前に出会った問題を含むもので,ユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新されるものであるのに対し,引用文献1記載発明では,ツリー状に分類表記した顧客操作マニュアルに表記された項目について回答できるように,顧客によって指定された依頼や問い合わせ項目に対する返信内容を音声メッセージや画像情報として予め記憶させることは示しているが,該記憶の内容が他のユーザが以前に出会った問題であるかは示されていないし,また,比較的複雑な任意の質問,相談を伝言メッセージとして問い合わせるための伝言メッセージ選択コードに対する回答を音声情報または画像情報として記憶することは示しているが,該記憶がユーザが新たな問題に出会うと連続的になされるものであるかは示されていない点」(14頁15行~25行)と認定している。
審決の上記認定は,本願発明の「データベースエントリ」の少なくとも一部に他のユーザが以前に出会った問題が含まれるという解釈を前提としたものであり,その認定に若干不正確な点があるものの,顧客操作マニュアルに記載された項目に対応して予め記憶される回答が他のユーザが以前に出会った問題であるかという点と,音声情報又は画像情報として受け付けた顧客からの質問,相談に対するコンサルタントの回答の記憶がユーザが新たな問題に出会うと連続的になされるものであるかという点についていずれも引用文献1(甲6)に示されていないとして相違点として認定している。
したがって,審決には原告主張の相違点Aの看過があるとまではいえないというべきである。
イ原告の主張する相違点Bにつき
原告の主張は要するに,本願発明における「データベースエントリ」がユーザが新たな問題に出会うと連続的に更新されることにより,その更新された内容が「問いかけのセット」の一部として選択されることが可能となるために,新たな問題に対する回答を他のユーザに提供することが可能であるのに対し,引用文献1記載発明はこのような構成を有していないというものである。
そして,本願発明の構成が原告主張のとおりであること,引用文献1記載発明が本願発明の上記構成を有していないことは,前記(3)のとおりである。
したがって,この点は本願発明と引用文献1記載発明との相違点として認定されるべきものであるところ,審決が認定した相違点1~4はいずれもこの点について言及しておらず,審決は上記相違点を看過したものである。
ウ原告の主張する相違点Cにつき
原告の主張は,「本願発明は,システム提供後においても他のユーザによって連続的に更新される問題の回答を,問いかけをするユーザが受け取ることができるようにする構成である」のに対し,引用文献1記載発明はこのような構成を有しないというものである。
しかし,上記の点は前記イの相違点と実質的に同じことをいうものであり,別個の相違点として認定されるべきものではない。原告の主張する,引用文献1記載発明におけるシステム提供時の顧客マニュアルに記載された選択コードとの関係は,前記イの相違点についての容易想到性の判断の中で検討されるべきものである。
したがって,上記相違点Cの看過をいう原告の主張は採用することができない。
(5) そうすると,審決には,前記2(4)イの相違点を看過した違法があり,その違法は審決の結論に影響を及ぼすものである。
特許庁は,本願発明の容易想到性に関し,看過された上記相違点及び本件訴訟において新たに提出された乙1~乙3の各文献との関係も含め,改めて審理すべきである。
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