« 経済産業省:産業構造審議会産業金融部会・流通部会商取引の支払に関する小委員会報告書-商取引の支払サービスに関するルールのあり方について- | トップページ | 紙の新聞ではなくネットからニュースを得る読者が多くなっているとの調査結果 »

2008年12月27日 (土曜日)

仕入先情報について営業秘密性が否定された事例(平成20年11月26日判決)

東京地裁は,平成20年11月26日,レコード,CD等のインターネット通信販売業を営む原告(株式会社ダンス・ミュージック・レコード)から元従業員ら(被告ら)に対する営業秘密保持契約違反及び競業避止義務違反に基づく損害賠償請求を棄却する判決をした。

 東京地方裁判所平成20年(ワ)第853号損害賠償請求事件判決
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081204111741.pdf

この判決の判決理由では,「営業秘密」に関する通常の法解釈を前提に,認定した事実関係の下では法的に保護される営業秘密があるとは認められないと判示している。損害賠償請求の前提として,原告は,当該事項が「営業秘密であること」を主張・立証しなければならない。この判決理由中でも示唆されているように,この事件では,そもそも営業秘密であると原告が主張する情報が特定されていないという問題があるけれども,要するに,秘密として適正に管理されていた情報であるとの証明がなされていない以上,請求棄却の判決となるのは当然のことではないかと思われる。

なお,事案の概要及び争点に関する判断は,下記のとおり。

***********************************

事案の概要

本件は,レコード,CD等のインターネット通信販売業を営む原告が,原告の元従業員である被告Aにおいて,原告を退職した後,競業会社に就職し,原告在職中に得た商品の仕入先情報を利用して業務を行っていることが,原告及び被告A間の秘密保持に関する合意に違反する,原告及び被告A間の競業避止に関する合意に違反する,又は,不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当するとして,被告Aに対し,債務不履行又は不正競争防止法違反に基づき(上記各請求は,選択的併合の関係にある。),被告Bに対し,原告及び被告B間の身元保証契約に基づき,両被告連帯して,損害金合計107万0578円(弁護士費用30万円を含む。)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年2月20日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

争点に対する判断

1 争点1(本件仕入先情報が,本件機密事項等又は不正競争防止法における「営業秘密」に該当するか)について

(1) 不正競争防止法における「営業秘密」該当性について

ア 不正競争防止法における「営業秘密」といえるためには,「秘密として管理されている」こと(秘密管理性)が必要である(同法2条6項)。そして,このような秘密管理性が要件とされているのは,営業秘密が,情報という無形なものであって,公示になじまないことから,保護されるべき情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ,その取得,使用又は開示を行おうとする者にとって,当該行為が不正であるのか否かを知り得ず,それが差止め等の対象となり得るのかについての予測可能性が損なわれて,情報の自由な利用,ひいては,経済活動の安定性が阻害されるおそれがあるからである。
このような趣旨に照らせば,当該情報を利用しようとする者から容易に認識可能な程度に,保護されるべき情報である客体の範囲及び当該情報へのアクセスが許された主体の範囲が客観的に明確化されていることが重要であるといえる。したがって,秘密管理性の認定においては,主として,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であると認識できるようにされているか,当該情報にアクセスできる者が制限されているか等が,その判断要素とされるべきであり,その判断に当たっては,当該情報の性質,保有形態,情報を保有する企業等の規模のほか,情報を利用しようとする者が誰であるか,従業者であるか外部者であるか等も考慮されるべきである。

イ [省略]

ウ 上記イの認定事実によれば,本件仕入先情報は,仕入先業者の名称,住所などという一般的基準によってのみ規定されるものであり,その具体的内容は明らかとされていないから,当該情報の内容,範囲等が明確に特定されているとはいい難いが,その点を措くとしても,原告においては,アルバイトを含め従業員でありさえすれば,そのユーザーIDとパスワードを使って,サーバーに接続されたパソコンにより,本件仕入先情報が記載されたファイルを閲覧することが可能であって,そのファイル自体には,情報漏洩を防ぐための保護手段が何ら講じられていなかった上,従業員との間で締結した秘密保持契約も,その対象が抽象的であり,本件仕入先情報がそれに含まれることの明示がされておらず,その他,原告において,従業員に対して,本件仕入先情報が営業秘密に当たることについて,注意喚起をするための特段の措置も講じられていなかったというのである。このような管理状況に加え,本件仕入先情報の内容の多く(名所,住所又は所在地,電話番号,ファクシミリ番号など)が,インターネット等により一般に入手できる情報をまとめたものであり,また,本件証拠上,原告に,個々の仕入先を秘匿しなければならない事情も窺われないことから,本件仕入先情報は,その性質上,秘匿性が明白なものとはいい難いこと等を考慮すれば,本件仕入先情報を用いて日常業務を遂行していた原告の従業員にとって,それが外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護された情報であるということを容易に認識できるような状況にあったということはできず,他に秘密管理性を基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件仕入先情報については,秘密管理性を欠くというべきであり,他の要件について検討するまでもなく,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当すると認めることはできない。

(2) 本件機密事項等該当性について

ア 本件仕入先情報は,上記(1)のとおり,不正競争防止法上の「営業秘密」に当たらないから,従業員が,本件仕入先情報を利用することは,不正競争防止法上違法となるものではないが,そのような場合であっても,別途,当事者間で,秘密保持契約を締結しているときには,従業員は,当該契約の内容に応じた秘密保持義務を負うことになる。
イ そこで,検討するに,従業員が退職した後においては,その職業選択の自由が保障されるべきであるから,契約上の秘密保持義務の範囲については,その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であるところ,本件各秘密合意の内容は,上記前提となる事実で認定したとおりであり,秘密保持の対象となる本件機密事項等についての具体的な定義はなく,その例示すら挙げられておらず,また,本件各秘密保持合意の内容が記載された「誓約書」と題する書面及び「秘密保持に関する誓約書」と題する書面にも,本件機密事項等についての定義,例示は一切記載されていないことが認められる(甲2,3)から,いかなる情報が本件各秘密合意によって保護の対象となる本件機密事項等に当たるのかは不明といわざるを得ない。
しかも,前記(1)で検討したとおり,原告の従業員は,本件仕入先情報が外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護されているということを認識できるような状況に置かれていたとはいえないのである。
このような事情に照らせば,本件各秘密保持合意を締結した被告Aに対し,本件仕入先情報が本件機密事項等に該当するとして,それについての秘密保持義務を負わせることは,予測可能性を著しく害し,退職後の行動を不当に制限する結果をもたらすものであって,不合理であるといわざるを得ない。したがって,本件仕入先情報が秘密保持義務の対象となる本件機密事項等に該当すると認めることはできない。
(3) 小括
そうすると,本件仕入先情報は,不正競争防止法上の「営業秘密」及び本件機密事項等のいずれにも該当せず,よって,被告Aは,不正競争防止法及び本件各秘密保持合意に基づく秘密保持義務のいずれについても,それらに違反したものとは認められない。

2 争点3(被告Aが本件競業避止合意に基づく競業避止義務に違反するか)について

(1) 上記前提となる事実のとおり,原告の主たる事業は,レコード,CD等のインターネット通信販売業務活動及び携帯電話用サイトでの通信販売業務であり,原告及び被告A間において,本件競業避止合意がされていたところ,被告Aにおいて,携帯電話のモバイルコンテンツ事業を主たる業とするエムアップに転職し,同社において,レコード,CD等のインターネット通信販売業務及び携帯電話用サイトでの通信販売業務を行うに至っているのであるから,このような被告Aの行為が本件競業避止合意に違反するのか否かが問題となる。
ただし,退職後の競業避止に関する合意は,従業員の就職及び職業活動それ自体を直接的に制約するものであり,既に検討した秘密保持義務と比較しても,退職した従業員の有する職業選択の自由に対して極めて大きな制約を及ぼすものであるといわざるを得ない。そのため,上記の合意によって課される従業員の競業避止義務の範囲については,競業行為を制約することの合理性を基礎づけ得る必要最小限度の内容に限定して効力を認めるのが相当である。そして,その内容の確定に当たっては,従業員の就業中の地位及び業務内容,使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質,競業が禁止される期間の長短,使用者の従業員に対する処遇や代償の程度等の諸事情が考慮されるべきであり,特に,転職後の業務が従前の使用者の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いることによって行われているか否かという点を重視すべきであるといえる。

(2) [省略]

(3) 上記(2)の認定事実及び上記1で検討した事情によれば,次のようにいうことができる。
被告Aは,原告在職中に,CD,レコード等の仕入及び販売業務に携わっていたことから,同被告がエムアップで行ってきた業務のうち,原告の業務と競合し得る部分は,レコードの通信販売業務であるところ,同被告は,その種の業務を行うに際して,原告就業中の日常業務から得た一般的な知識,経験,技能や,その業務を通じて有するようになった仕入先担当者との面識などを利用し得たにすぎないものと考えられ,本件全証拠によっても,被告Aが原告の保有している特有の技術上又は営業上の重要な情報等を用いてエムアップの業務を行っていると認めることはできない。
この点,原告は,被告Aが原告から持ち出した本件仕入先情報を駆使して原告の仕入先にアプローチしてきたことが強く推定されるとし,そのことを競業避止義務違反の根拠として主張する。
しかしながら,本件仕入先情報は,前記1のとおり,営業秘密として管理されているとはいえないから,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当せず,かつ,本件各秘密保持合意の対象ともならない情報である上,その内容自体は,具体的に特定されておらず,これを利用することにより,仕入業務等において,原告に対して優位に立てるというものでもなく,また,同情報は,インターネットや商品における表示等から認識し得るものであって,被告Aとしては,原告における業務を通じて知った仕入先の名称から,インターネットを通じて検索し,仕入先に接触することが可能なのであるから,原告特有の技術上又は営業上の重要な情報等ということはできず,原告の主張する上記事情は,競業行為を制約することの合理性を基礎づけ得るものとはいえない。
そうすると,被告Aが,原告在職中に,その業務の中枢に関わる重要な地位に就いていたともいえず,携わっていた業務の内容も,商品の仕入,販売等に関する業務を自ら行うほか,アルバイトの取りまとめ等を行う程度のものであって,単独で責任を負うような立場にもなかったこと,本件競業避止合意に基づいて退職後の競業避止義務を負うことについて,何らの代償措置も講じられていなかったことなどの事情も併せ検討すれば,同義務を負う期間が2年間とさほど長くないことを考慮しても,被告Aがエムアップにおいて実施している業務の内容は,本件競業避止合意の対象に含まれるとは認められないというべきである。
これに対し,原告は,被告Aが,原告に在職していた時期から,既に,エムアップの業務として原告と競合する仕入先に接触をもっていたことや,その際,エムアップに所属して取引を行うことについて原告から了承を得ているなどと虚言を呈していたことを,被告Aの行為の悪質性を基礎づける事情として主張する。
しかしながら,後者の事情については,これを認めるに足りる的確な証拠が存在せず,また,前者の事情についても,退職直前の有給休暇期間中に行われたものと認められることなどに照らし,上記の判断を覆すに足りるものではない。

(4) 小括

そうすると,被告Aのエムアップにおける業務は,本件競業避止合意の対象に含まれず,よって,被告Aは,本件競業避止合意に違反したものとは認められない。

|

« 経済産業省:産業構造審議会産業金融部会・流通部会商取引の支払に関する小委員会報告書-商取引の支払サービスに関するルールのあり方について- | トップページ | 紙の新聞ではなくネットからニュースを得る読者が多くなっているとの調査結果 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 仕入先情報について営業秘密性が否定された事例(平成20年11月26日判決):

« 経済産業省:産業構造審議会産業金融部会・流通部会商取引の支払に関する小委員会報告書-商取引の支払サービスに関するルールのあり方について- | トップページ | 紙の新聞ではなくネットからニュースを得る読者が多くなっているとの調査結果 »