裁判員制度:早くも問題発生
裁判員候補者に対する通知の発送が始まったとたんに,通知の封筒や写真などがネット上で掲載されてしまったようだ。
NHK:ネットに候補者の個人情報
http://www3.nhk.or.jp/news/t10015692461000.html
そのような行為が禁止されているかどうかについてちょっと調べてみた。
裁判員については,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第9条に明確な義務条項がある。
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第9条(裁判員の義務)
1 裁判員は,法令に従い公平誠実にその職務を行わなければならない。
2 裁判員は,第70条第1項に規定する評議の秘密その他の職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。
3 裁判員は,裁判の公正さに対する信頼を損なうおそれのある行為をしてはならない。
4 裁判員は,その品位を害するような行為をしてはならない。
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しかしながら,裁判員候補者については,守秘義務を含め,明確な条項がない。裁判員候補者は,まだ裁判員の候補者になったばかりで,正式に裁判員または補充裁判員として選任されているわけではないから,その時点では,「裁判員として知りえた職務上の秘密」なるものも一切存在するはずがない。
そこで,裁判員候補者に関する罰則条項をみてみると,質問票に虚偽の記載をした場合(81条),選任手続で虚偽の陳述をした場合など(82条),裁判員候補者が正当な理由なく出頭しない場合(83条)には罰則がある。しかし,それ以外の場合の罰則はない。
ただし,裁判員候補者自身を含め,すべての国民に対する義務条項は存在する。
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第101条(裁判員等を特定するに足りる情報の取扱い)
何人も,裁判員,補充裁判員,選任予定裁判員又は裁判員候補者若しくはその予定者の氏名,住所その他の個人を特定するに足りる情報を公にしてはならない。これらであった者の氏名,住所その他の個人を特定するに足りる情報についても,本人がこれを公にすることに同意している場合を除き,同様とする。
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したがって,裁判員候補者が自分自身で候補者となった事実について個人を特定できるような形式で公開すること,あるいは,他人がそのような事実を個人を特定できるような形式で公開することは,101条の義務違反行為にはなる。
ちなみに,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第14条及び第15条は,裁判員としての欠格事由(義務教育未修,禁固刑以上の前科,心身の故障)及び就職禁止事由を定めており,今回の候補者選定に際しては,それらの事由に該当するかどうかを判定するため,かなり詳密な個人情報を含む極めて危ないデータベースが構築されたと推定できる。もしそうするのでなければ,間違って欠格者等に通知を出してしまうことになる。だから,候補者の選定過程において,担当職員は,(むしろ候補者から除外された大多数の国民について)義務教育を修了しているかどうか,禁固刑以上の前科があるかどうか,心身の故障があるかどうか等に関する情報を知ってしまった可能性がある。そのような個人情報のデータベースを構築することそれ自体は,法令に基づく行為として適法行為になるだろう。しかし,そのようなデータベースのセキュリティがどの程度のものであるかについては全く明らかではないし,担当者が守秘義務を守るかどうかも定かではない(仮に守秘義務を守ったとしても,知らなくても良い他人の秘密を知ってしまったという記憶を消すことはできない。)。推測するしかないのだが,かなり危ないかもしれない。現実に,先日も,裁判所の書記官が裁判長のPCを覗いて人事情報を探ったという事件が発覚したばかりだ。そのようなデータベースが現実に存在すると仮定した場合,今後,もしそのデータベース(←アウトソースの場合を含む。)からの情報漏洩が1度でもあれば,裁判員制度の実施を直ちに中止すべきだと考える。この問題を解決するためには,完全に匿名化処理がなされ,誰が目にしても誰のデータであるのかが分からないような状態で自動選別できるシステムを開発し,導入するしかない。
それにしても,今回のネット上での情報開示が裁判員候補者自身によってなされたものであるかどうかはよく分からないけれども,仮にそうであるとして,一般論としては,ごく普通の国民に守秘義務を守らせることは不可能なことに近いという当たり前のことを証明してしまった出来事ではないかと思われる。つまり,法律の条文の中には「守秘義務」が存在していても,それが確実に遵守される可能性は比較的低いかもしれない。「人の口に戸はたてられない」というのがむしろ常識に適っていると考えるべきだろう。
他方で,裁判員制度を悪用した新たな犯罪行為または犯罪準備行為も発生しつつあるようだ。
最高裁:裁判員選任を装った悪質行為についてご注意ください
http://www.courts.go.jp/about/topics/1907_2.html
鳥取警察署:裁判員選任を装った悪質事案
http://www.pref.tottori.lg.jp/dd.aspx?menuid=68400
足立通信社:裁判員制度を悪用・・・不審な電話・郵便に気をつけて
http://adachi-style.com/consumer/blog/post_29.html
なにごと,よく考えた上で実行に移すのではなく,何となく勢いだけで拙速なことをすれば,このようなタイプの問題が発生してしまうのは当然のことだろうと思う。
[関連記事]
【裁判員制度】誰になら話していいの 家族は?同僚は?ブログは?
産経ニュース: 2008.11.29
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081129/trl0811292243003-n1.htm
裁判員候補者通知、2カ月前に来てました 野沢温泉村
asahi.com: 2008年11月30日
http://www.asahi.com/special/080201/TKY200811300002.html
裁判員制度は、世界に類を見ないモンスターになる
NB Online: 2008年11月5日
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081023/174919/
[裁判員制度に反対している弁護士等のサイト]
裁判員制度はいらない大運動
http://no-saiban-in.org/
裁判員110番
http://www14.ocn.ne.jp/~sai110/
※ 私は,これらのサイトに掲げられている主義・主張に賛同しているわけではない。
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