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2008年11月21日 (金曜日)

電子カルテの誤入力による事故

現代の病院の多くでは電子カルテシステムが導入されている。幾つかの企業がそのシステムを開発し,サービス提供しているので,電子カルテをすべて同一に扱うことはできないが,要するに,紙ベースの診療録を電子的処理で扱うことができるようにした上で,その基本システムに投薬,施術,医療保険のレセプト処理などとの連携処理機能を付加したものだと考えればおおよそ間違ってはいないだろうと思う。

その電子カルテに対するデータ入力のミスに起因して医療事故が発生してしまった。

 電子カルテ、過去にも誤入力 筋弛緩剤誤投与の病院
 asahi.com: 2008年11月20日
 http://www.asahi.com/kansai/kouiki/OSK200811200087.html

この問題について考えてみると,電子カルテシステムにデータを入力するのは,医師だ。このことは紙ベースの場合と全く変わっていない。そして,その記入するデータ内容の正確性について責任を負うのもまた医師だ。これもまた紙ベースの時代と全く変わっていない。

だから,もし入力(記載)されたデータの内容に誤りがあり,それに起因して医療事故が発生した場合,電子カルテシステム内部でのデータ処理には何も問題がなかったというのであれば,その結果に対して法的責任を負うのは医師である。

このような場合において,紙ベースの診療録と電子カルテとでは,何か相違が発生するのだろうか?

私は,「証拠」としての改ざんの困難性と原因解明の早さにという点において顕著な相違があるのではないかと思っている。

一般に,電子カルテにしろ紙の診療録にしろ,改善の余地があることは否定することはできないし,今後も改善の努力が継続されるべきだろう。

しかしながら,仮に完璧なシステムが存在したとしても,その利用者である医師が完全ではあり得ない「人間」である限り,ヒューマンエラーを完全に防止することは不可能だ。これは,某国の首相の問題発言のようなことを言っているのではない。要するに,人間は決して完璧ではあり得ないし,ヒューマンエラーに起因する事故を完全に防止する方法は存在しないということを言っているのだ。

それゆえ,一般的にはその発生を完全に阻止することができないものである医療事故がもし不幸なことにも発生してしまった場合には,せめて事後的な法的責任として損害賠償責任を負わせ,刑罰に処するということで社会を安定化させ,社会の秩序を回復させることが必要となる。

そのために法システムは存在する。

そして,そのような法による事後的な対応に際して重要となるのが「証拠」だ。

紙ベースの診療録しかなかった時代,私は,診療録が改ざんされたのではないかと大いに疑うべき事例と何回か遭遇したことがある。もちろん,私は医師ではないし医学の専門家でもないので,その診療録が改ざんされたものであるかどうか,記載されている事実の内容に不自然さが存在しないかどうかを判断するためには,専門家による鑑定結果を待たなければならなかった。それでもなお,抽象的には,同僚をかばおうとする方向で心のベクトルがちょっとだけ傾いてしまう鑑定人(医師)が存在するかもしれないし,鑑定人としての専門能力が本当に十分なのかどうかについても事前に過去の業績や鑑定実績などを詳細に検討してみないと分からないことかもしれない。そして,もしそのようなことについて疑いが残る状態で鑑定人を選任してしまうと,当然のことながら訴訟当事者の不審感や不満といったものがどんどん高まってしまうので,鑑定人の人選にはかなり神経を使うことが多かった。

電子カルテが導入された現在でも,例えば「医療水準」などに関する専門的知見や専門家の意見を求めようとすると,そのことに伴う困難さは以前と少しも変わっていない。それどころか,科学としての医療が異常に発達してしまい,高度に専門化してしまっている分野では,非常に限られた人々しか正しく理解することができないという事柄が増えてしまっている。例えば,遺伝子治療の分野がその典型例であり,通常の開業医や普通の大学病院の医師にそれについての専門的知見を求めたとしても,せいぜい専門文献を紹介してもらえる程度で我慢しなければならないことが少なくないだろうと思う。要するに,その分野に属するごく少数の本当の専門家でないと分からない事項があまりにも増えてしまったのだ。そのような状況の下において,「医療水準」という概念それ自体が本当に維持可能なのかどうかを含め,法理論上検討すべき課題がむしろどんどん増加してしまっているのではないかと考えている。

ただ,「証拠」として考えてみた場合,もし当該電子カルテが「非改ざん証明」を電子的に付与されているようなシステムであるとすれば,紙ベースの診療録よりも電子カルテのほうがずっと優れていることは明らかではないかと思う。

私が考えるには,明治時代には紙ベースでも十分に非かいざん証明ができたのではないかと想像している。それは,診療録に用いるための用紙がかなり特殊なものであり,記載するのに用いるペンやインクも比較的高価であり,インク消しに用いる便利な用具があまり存在していなかったからだ。現代では,紙ベースの診療録を巧妙に改ざんするための手法はいくらでも存在するが,かつてはそうではなかった。要するに,改ざんの際に必要となる手段が限定されているときは,改ざんは比較的困難だという一般法則が存在していることになる。それは,時代とともに変化するものであり,「証拠」というものを考える場合には,そのような状況の変化という要素を十分に考えないといけないことになる。

さて,現代の医療の現場で多く用いられている電子カルテは,それが電子的なものであるがゆえに,検索も容易だという利点を有している。そして,その電子的なファイルをコピーして複数の専門医等が検討・検証することもでき,かつ,その検証・検討をする専門医等が遠隔地に所在している場合でもネットを通じでその電子的なファイルを送信すれば検討・検証等の作業に従事することができる。それゆえ,何か事故が発生した場合,その原因は何であるのか,そのような事故の再発を防ぐためには何を考えればよいのかを見つけ出すために要する時間は相当短縮されたのではないかと思う。

なお,電子カルテシステムのアラーム機能が不十分ではないかとの指摘がある。部分的には正しい。特に研修医や経験の乏しい医師に対しては,何らかのアラーム機能が有効に機能することがあるだろうと思う。しかし,経験豊かな医師が自分の判断が正しいと確信(誤信)して行う行為については,アラーム機能が全く意味をもたないことが少なくないだろうと思う。加えて,もし電子カルテの画面上でしょっちゅうアラームが表示されてしまうとすれば,現実の現場では全く仕事にならなくなってしまうか,あるいは,医師が診察に精神を集中できなくなってしまうという弊害も考えられるから,この点にも留意すべきではないかと思う。もし新聞記者が原稿を書くためのPC画面上で,「使用禁止用語の可能性があります」とか「あなたの事実誤認ではありませんか?」とか「論理矛盾があります」とか「著作権処理がなされているかどうか確認してください」といった類の警告が毎分毎分多数出現するとすれば(完全な人工知能は実現できそうにないので,システムの利用者の目からすればとても奇妙で場違いな警告表示が多数出現する可能性はある。),その新聞記者が原稿を起案することに精神を集中することができなくなってしまうだろうと思う。それと同じことがここにもある。

また,電子カルテシステムでは,その機能の改善によって一定のアラームシステムやチュートリアル機能などを付加することは可能だろうと思うけれども,紙ベースの診療録だとそもそもそんなことは不可能なのだということに留意すべきだろうと思う。この点でも電子カルテには紙ベースの診療録よりも優位性があると言えるだろうと思う。

ただし,紙ベースの時代には,診療録それ自体がアラーム機能を有することができなかったがゆえに,医師は不確かなことについては直ちに専門書を読んで確認しただろうと想像するし,医薬品の投与についても慎重になることがあっただろうと想像する。

一般に,便利な道具は,人間の判断過程におけるそのような自己管理機能や危機管理能力を低下させてしまうような副作用を有しているかもしれない。ここらへんのことになると専門外の事項になってしまうので,そのような可能性を示唆することくらいしかできない。人間工学の専門家による研究を期待したい。

最後に,今回の事故はまことに不幸な事故だと思う。事故の犠牲者となった患者さんは,とてもお気の毒だと思う。決して同じような事故が繰り返されてはならない。

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