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2008年11月28日 (金曜日)

ネットバンクを使った横領事件

経理担当事務員が,勤務先のネットバンクの銀行口座にアクセスし,少なくとも125万円を勝手に持ち出したことが発覚したようだ。

 ネットバンク使い勤務先口座から125万詐取 元事務員を逮捕
 産経ニュース: 2008.11.27
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081127/crm0811271802030-n1.htm/

この報道によれば,逮捕状の罪名は「電子計算機使用詐欺罪」となっているらしい(←新聞報道なので確実ではないかもしれない。)。

仮にこの報道どおりの罪名だと仮定して考えてみると,どこかちょっと違うような気がする。

確かに,ネットバンキングは電子計算機によって処理されているのだし,権限なくIDとパスワード等を入力して預金払い戻しなどの操作を実行したのだろうから,電子計算機使用詐欺罪が成立すると考えても別に何も問題がないように思われるかもしれない。

しかし,その勤務先である事業所が「ネットバンクに預金する」という行為は「現金を金庫で保管する」という行為と同様に,金銭を保管するための行為の一つのパターンに過ぎない。そして,容疑者は経理担当だったのだから,その保管している金銭に対する事実上の「占有」を有していたわけで,その意味では電子計算機に対して不正の指令を与えたわけではなく,ただ,その指令に基づく処理の結果が勤務先の業務の遂行のためにという目的ではなく,私利私欲の目的であったのに過ぎない。

このような場合,普通の刑法学者であれば,自己の占有する他人の財産について「不法領得の意思」を実現するための奪取行為があったと解釈するだろう。つまり,この事件は,電子計算機使用詐欺罪というよりも業務上横領罪として扱ったほうがスジが良いのではないかと思うのだ。

以上は,机上の刑法理論に関する争いに過ぎず実益に乏しいと思われるかもしれない。

しかし,例えば,この容疑者がネットバンク上の預金だけではなく,勤務先が所有する現金や物品にも手をつけていたと仮定してみると差が出てくることが理解できるだろう。この場合,電子計算機詐欺罪が成立するという説にたつと,電子計算機使用詐欺罪と業務上横領罪との併合罪になると思われる。これに対し,ネットバンキングを不正に操作した点についても業務上横領罪になると解するとすれば,一連の行為を包括して業務上横領罪の一罪と理解することが可能となる。

刑法の解釈とりわけ罪数論は,単に形式的な理論の積み重ねだけでは解決できないことが多い。むしろ,犯罪者の行為を社会的見地から観た場合,全体としてどのように理解することができるかというような事実認識を踏まえ,それを刑法という観点から理論的に分析してみるとどのようになるかといった順に検討を進めたほうが妥当であることが多いのだ。

このような論理操作をすることは,もちろん裁判員には絶対無理(不可能)なことだ。現実には,かなり訓練された経験豊かな裁判官でさえ間違ってしまうことがしばしばある。

刑事裁判は,「法学上の理屈」だけではなく,かといって「ナマの事実」だけでもなく,結構大変な世界だ。

なお,このような議論が出てくる背景には,現行の刑法252条には物品の横領を前提とする条項しか存在せず,不法に経済的利益を得る場合に関する条項が存在しないことに由来している。そのために,電子計算機使用詐欺罪で対処することにしたようが良いという考え方が出てくるのだろう。しかし,罪質というものを考える限り,横領の一つのパターンとして認識したほうが素直な理解であることは誰も反論しないだろう。したがって,速やかに,刑法252条を改正し,現行の第2項を第3項と改めた上で,新たな第2項として「前項の方法により,財産上不法の利益を得,又は他人にこれを得させた者も,同項と同様とする。」との条項を加えるようにするのが最も正しい解決になるだろうと思う。このことは,本質的には窃盗罪でも同じことだ(ただし,私は,刑法246条の2の電子計算機詐欺罪は,本当は詐欺罪の類型に属するのではなく,本質的には窃盗罪の一種であり,かつ,利得罪である場合の中の一つの類型に属する行為を処罰するものだと理解している。)。

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