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2008年11月24日 (月曜日)

オーストラリアの電子証拠開示(e-Discovery)が遅れているワケ

e-ディスカバリーに関する各国の状況を調べていたら,次の論説記事を見つけた。

 Federal Court lags on e-discovery
 AustralianIT: November 18, 2008
 http://www.australianit.news.com.au/story/0,25197,24666489-15306,00.html

e-Discoveryを実現するためには,単に技術的問題を解決するだけでは足りない。訴訟法上の様々なルールの根底にある基本原理が証拠開示の電子化によって損なわれないようにするために細心の注意を払いつつ,紙ベースでの証拠開示ではなく電子的な証拠開示を合理的かつ安全かつ確実かつ公平に実施できるようにするための明確な手順を定めなければならないのだ。もし日本で実施するとすれば,刑事訴訟規則や民事訴訟規則がそれに該当することになるだろう。

ところで,オーストラリアでは,e-Discoveryを導入・実施するため,連邦裁判所サイドでの規則(ガイドライン)の策定作業が進められてきたようだ。ところが,その作業がなかなか進捗していないらしい。

上記の記事は,その原因について様々な点を指摘しているけれども,最も重要なこととして,「裁判官が技術の進歩に追いついていない」という点を指摘している。なるほどそうかもしれない。

そして,このことは,何もオーストラリアに限ったことではないだろうと思うし,裁判官だけに限ったことでもないように思う。日本でも同じだし,弁護士でも検察官でも同じだ。まして,裁判員にそれを理解させることはほとんど無理だろうと思う。

他方において,「法律家が技術の進歩に追いついていない」という現象は,様々な副作用をもたらすかもしれないということにも留意すべきだろう。例えば,技術の骨格部分を理解するのがやっとという程度の人は,その技術のどこに脆弱性があり,それをどのように守るのか,不正や情報操作が行われないようにするにはどうするのかについてまで検討するだけの余裕がない。

結局,つまるところは人材不足ということになるのだが,その人材不足という現実は,よく分からないままで理念だけが先行してしまうことを許し,とてつもなく脆弱なシステムを国費でもって構築し,その脆弱性を認識しカバーする能力をもたない裁判官や弁護士や検察官によってそのシステムが運用されるという異常な世界を生み出してしまうことになる。

ちょっと想像してみただけでも背筋がぞっとするような世界だと言わざるを得ない。

たぶん,e-Discoveryにおいて先を走っている米国においても,実情はほとんど変わらないのではないかと思う。しかし,「裸の王様」ではないけれど,「自分が無知だ」と悟られたくない心理は,とりわけエリート層には強いので,どうにもならない。

あとは現実に破局が訪れ,冷静に考え直すべき時がくるのを待つしかないかもしれない。これは妙な投資によって何億ドルも利益をあげていい気になっている人に対して「株は危険だからやめたほうがいい」と助言しても全く無駄で,その人が破産して初めて自覚するということと同じことだろうと思う。

さて,現実の日本では,本格的なe-Discoveryはまだまだ先のことではないかと思うのだが,現時点でやっておくべきことはたくさんあるはずだ。

ひとつは,証拠に関する法理論をきちんと勉強し直すことだ。法律実務で慣れてしまうと,どうしても小手先のことしか考えなくなってしまい,深遠な哲学的バックボーンなど忘れ去ってしまう。人間そのものをよく知れば知るほど,そう簡単なことではないということが理解できるはずなのだが,実務の世界では,そんなことを考えていられるほど暇ではないし,考えなくても仕事ができてしまうので,ここで改めて強く強調しておきたいと思う。

もうひとつは,人間の造るものには必ず欠陥があるという当たり前のことを思い出すことだろうと思う。完全なシステムなどあり得ないし,システムの脆弱性をゼロにすることなど永久に不可能なことだ。このことは誰にでも理解できる常識に近いことだろう。しかし,自分が担当して構築したシステムについては,どういうわけか批判やアドバイスに耳を傾けなくなってしまうというのも人間の常というものだ。要するに,自分の仕事にケチをつけられていると感じてしまうのだ。だから,客観的に議論しようとしても主観的な反発をくらうだけで終わってしまい,その結果,脆弱性がますます拡大してしまうことになる。だからこそ,謙虚さが最も大事ということになるのだろう。

その他にもいろいろある。しっかり考えていかないといけない。

そこで,上記の記事に戻るのだが,もしオーストラリアの裁判官達が,ここで私が述べているような意味できちんと検討しているために時間がかかっており,システムをはやく納品してお金にしたい企業が焦って「裁判官は技術の進歩に追いついていない」と非難しているのだとすれば,それは企業のほうが悪いということにならざるを得ない。

だが,大事なことは,法制度を運用する裁判所等とシステムを開発する企業とが,最初の段階で調査のための予算と期間を十分にとっていたのかどうかという点だ。

もし何となく浮かれ気分でプロジェクトを始めてしまったけれども,ある程度まで煮詰まってきた時点で問題点がやっと分かり始めたのだとすれば,結論として,そのプロジェクトに関与してきた者全員が本当は責任を感ずるべきだということにならざるを得ないだろう。

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