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2008年11月30日 (日曜日)

購入した顧客名簿が営業秘密であるとの主張が斥けられた事例(東京地方裁判所平成20年9月30日判決)

一般に,顧客名簿が不正競争防止法に定める営業秘密に該当することがあることは異論がない。ただし,特定の顧客名簿が同法所定の営業秘密に該当するというためには,同法に定めるとおりに秘密として管理されているものであることを要し,その事実についての証明がなされなければならない。

東京地裁は,平成20年9月30日,原告が第三者から購入した顧客名簿が営業秘密に該当するとして,被告に対してその使用及び開示の禁止並びに損害賠償請求を求めた事案について,不正競争防止法が定める営業秘密としての管理がなされていたことの証明がないという理由で,原告の請求を棄却する判決をした。

 平成19年(ワ)第27846号損害賠償等請求事件判決
 http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081001130616.pdf

問題となった顧客名簿はそもそも第三者から購入したものであるので,その秘密性がかなり疑われるものであることを一応措くとしても,この事件で明らかになったことは,顧客名簿が売り買いされているという事実である。

あくまでも一般論であるが,その売買の経緯・形態いかんによっては,個人情報保護法上の個人情報取扱事業者の義務に違反して売却された個人データに該当する顧客名簿の場合,それを取得した者が不正競争防止法に基づいて差止請求をすることが本当に許されるのかどうか(権利濫用等には該当しないのか)について,疑問が生ずることがあるのではないかと考えられる。しかし,この点については,従来,あまり議論されてはこなかったように思われる。個人情報保護法の解釈と不正競争防止法を含め他の領域に属する法令の解釈との整合性を保つような努力が払われてこなかったからである。要するに,従来の解釈法学においては,全法領域にまたがるものとしての法理論の一貫性を保とうとする努力が不足していたのではないかと思われる(丸山真男の「蛸壺」型の法学)。

本判決は,個人情報保護法とは無関係の事案についての判決なので,当然のことながら,この点については何も触れられていないが,法学者としては,今後検討を深めるべき問題を多く含む事例のように思われる。

(事案の概容)

本件は,原告において,第三者から購入して取得した別紙名簿目録記載の顧客名簿(以下「本件名簿」という。)が不正競争防止法2条6項の「営業秘密」に該当し,被告乙2がこれを不正に取得し,被告会社がこれを不正に利用したなどと主張して,それぞれ,被告会社の行為については同法2条1項5号又は6号の不正競争に該当し,被告乙2の行為については同法2条1項4号の不正競争に該当することを理由に,被告らに対し,連帯して損害賠償金11億4840万6348円及びこれに対する不正競争行為のあった後(訴状送達の日の翌日)である,被告会社については平成19年12月21日から,被告乙2については同月22日から,支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払と,本件名簿の使用又は開示の禁止等を求める事案である。

(判決理由)

不正競争防止法2条6項によれば,「『営業秘密』とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの」であり,このうちの「秘密として管理されている」といえるためには,当該情報が客観的に秘密として管理されていると認識することができる状態にあることが必要である。
そこで,本件名簿についてこの秘密管理性の有無を検討すると,本件名簿は,もともと訴外会社において作成,管理され,これが第1売買と第2売買を経て,原告が管理するに至ったものであるから,①訴外会社における秘密管理性,②第1売買の買主であるAにおける秘密管理性,③原告における秘密管理性がそれぞれ問題となり得る。
原告は,訴外会社における本件名簿の管理について,管理者と取扱者を特定の者に固定し,バックアップ用の情報媒体を鍵付きの引出し等に管理し,マル秘指定をして一般従業員のアクセスを制限していたなどと主張する。しかしながら,原告は,本件訴訟の審理において,訴外会社のもとにおける本件名簿の管理状況の手がかりとなる資料が残っていない旨を述べており,原告において,原告の上記主張を裏付ける証拠を準備することができなかったものである。そして,仮に,訴外会社における秘密管理性が認められたとしても,次に,第1売買の買主であるAにおける秘密管理性が問題となる。この点について,原告は,BとAとの間で,①本件名簿と本件機器が営業秘密であり,その内容を開けてはならないこと,②受け皿会社(原告の前身会社)の設立準備ができ次第,譲渡すること,③もしAのもとで漏洩された場合に責任を追及すること,が確認されたなどと主張する。
しかしながら,本件名簿の第1売買の契約書には,このような営業秘密であることを前提とした条項は存在せず,同契約書は,単なる名簿とその機材の売買契約書というほかないものであって,この点は,第2売買の契約書も同様である。このほか,本件名簿がAのもとで営業秘密であることを前提として管理されていたと理解し得るような客観的な証拠はない。
以上のとおりであるから,本件名簿については,原告のもとで,秘密管理性などの営業秘密の要件を充たしているか否かを検討するまでもなく,原告が本件名簿を取得する以前の時点において,営業秘密としての秘密管理性を充たしていたことの立証がないものというほかない。

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